ラップは何を映しているのか

ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ。
Hip Hopから見た歴史の流れ。
また、そのゆるやかな(急速な変化の連続を大局的にみた)流れの中でHip Hopがどのように機能していたか。
を考察した画期的な一冊。


ヘーゲルの言葉よろしく、過ぎ去った時代と精神を後から論理的に概念としてとりまとめた内容。
昨今、フリースタイルラップからムーブメント化したJラップ。
業界関係者は過剰なまでのクールな視線でその現象を見つめている。
コンペティションを中心としたシーンはカルチャーとして衰退する、というユウザロックの発言の引用からの展開は興味深い。
また、Hip Hopと政治の関わり合いからアイデンティティを育んでいくという逆説的な日本のラップ事情も、カルチャーとしての面白みがある。
世界に類を見ない形としてアート化するんじゃないかな?と僕は思う。
日本にHip Hopが伝来し、日本語ラップなるものが誕生した時は「アメリカのモノマネ」という二番煎じ感が強かった。
しかし、手探りのままあらゆる試行錯誤、あらゆるアプローチの末、成熟していった日本語ラップは独自の変貌を遂げようとしている(またその途中だと思う)。
もともとHip Hopのスタンダードとしてサンプリング文化があるが、Jラップもまたピジン化を遂げ、奇妙で独特の風合いを持ち始めている。
それは、本書のような文化や時事問題を振り返り、大局的な流れを俯瞰するきっかけとしての役割があってこそ確認・発見することができる。
また、Jラップだけでなく米ラップの変遷も分かりやすく記載している。


常に新しいものを追い求め、アートだけでなくあらゆるマスをソースとし、変化することを厭わないHip Hopの精神が僕は好きだ。
コメディがそうなったように、Hip Hopがカルチャーとは切り離せない存在に昇華することを願う。

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