高校生英語弁論大会

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高校生スピーチコンテスト

We love English.



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先日、八尾商工会議所3F大ホールにて、高校生英語弁論大会が行われました。
当日は台風が近畿一円を襲来し、中止(延期)が危ぶまれましたが、時間を早めての開催。

エントリーした14名の高校生が登壇し、英語でスピーチしました。



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〈会場の様子〉



高校生英語弁論大会とは八尾ライオンズクラブの主宰する催しの一つで、今回で38回目を迎えます。
高校生たちはあらかじめ、日本語と英語の両方の原稿を作成し、提出します(文面の内容も評価に入る)。
そして、当日、原稿の内容を元に壇上で一人一人スピーチします。
発音や声量など、主に表現力が評価のポイントではないでしょうか。



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〈真剣な眼差しの審査員〉



そんな中、ある一人の女の子が登壇しました。

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実は、彼女、僕の教え子なんです。
彼女が小学六年生の頃、私立中学の受験を迎えることとなり、数ヵ月間家庭教師をしました。

受験を決意するのが周囲よりも遅かったのもあって、「難しい」と言われた進学でしたが、見事合格。
逆境の中、参考書と向かい合った日々を考えると、喜びも一入でした。
彼女の努力の賜物です。
そして、力を合わせて共に過ごした時間は、僕の宝物です。

あれから数年が経ち、今、目の前のステージ上で彼女が英語でスピーチをしています。



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親心のような心配はよそに、彼女は凛として、語り始めました。
全身の毛が逆立つような感動を、その時に覚えました。

彼女はもう、僕の知っている彼女じゃない。

どこまでも毅然として、こよなく健やかで。
ジブリ映画の主人公が、通過儀礼を通して、成長していくように。
歌うような美しい声と、清らかな笑顔で舞台上はいっぱいでした。



僕の妻を見ると、ボロボロと涙を流して泣いていました。
それもそのはず、で。
その子は、妻の幼馴染の娘さんなんですね。

赤ん坊の時からずっと知っているわけです。
妻に話を聞くと、スピーチの間に「様々な記憶が走馬灯のように蘇った」と言いました。
自分の口癖(博多弁)を真似ていた幼き日の彼女。
天真爛漫だった幼少時代から、控えめでおしとやかな性格に移り変わっていく姿。
ドキドキしながら見に行ったピアノの発表会。
何事にも直向きに取り組んだ、その小さな体、小さな笑顔。

淀みない想い出が映像として自然と溢れ出して、涙が止まらなかったと言います。



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あっという間のようで、長い長い4分間でした。
この4分間のために注いできた時間と努力を考えると、胸はいっぱいになりました。

終わった後に、笑顔で「見に来てくれてありがとう!」と言った彼女は、眩しくて。
それだけで、そう、その素直さが彼女の人間性を映し出しています。

彼女は可能性が無限に広がっていて、きらきらと輝いています。
全ての経験を滋養として、逞しく成長していく様子に、心から感動しました。
それはもう、震えるほど。



小学生の頃からピアノを習っていた彼女。
スピーチでの抑揚の使い方やステージでの度胸はそれが役に立ちました。
中学に入り、素敵な先生との出会いで好きになった英語。
「今回のスピーチは、様々な経験が糧となって、自分らしさを出せた」と言いました。
そしてそれらの経験全てに感謝をしている姿を見ると、これから未来へ歩む彼女のことが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。



彼女だけではなく、スピーチコンテストに参加した14名全員に拍手を送ります。
うまくいった人も、思うような成果が出せなかった人も、自分の中で思うところは様々ありましたが、全員が素晴らしかった。
それらの経験は必ず、糧となります。
これから歩む未来のための大きな力となります。
そういった貴重な場を提供している大人がいることに、僕は二つ目の感動を覚えました。
この企画に参加している方、全員に感謝します。
感動をありがとうございました。



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実は大会の前日は、僕の誕生日だったんです。
その度に手書きの手紙をくれる彼女。
それは小学生の頃からずっと続いています。
僕は手書きの手紙が一番嬉しいんです。
どんな高価なプレゼントよりも心に残ります。

年を重ねるごとに、文字も言葉も美しくなっていく手紙。
変わらないのは唯一、彼女の人間性。
そして、その人間性がある限り、周りのみんなは彼女の夢を応援したくなる。
それが彼女の最大の財産なのかもしれません。
本当に素敵な女の子です。

そして手紙と同じように、このコンテストが最高の誕生日プレゼントとなりました。



追伸
高校生英語弁論大会では上位に入賞したという嬉しい報告がありました!

河内のカフカ 第八話

連載小説『河内のカフカ』第七話

八尾で生まれ、八尾で育ち、八尾の工場で働く青年、水原翔平。
ある日、目が覚めると「虫」ではなく、「標準語圏内の人間」になっていた!

これまでのストーリーは《こちら》をご覧くださいませ。



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河内音頭まつりの取材

河内音頭まつり。



記事書きました。
地域新聞に掲載される記事です。 



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赤光のTHAHILAND~一日目~その1。

サワディークラッ!
 


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am3:30
 
真夜中のドンムアン国際空港に到着。
LCC(格安航空会社)のエコノミー席で日本から6時間半、ガッチガチに凝り固まった下半身をほぐしながらイミグレーションを通過。
妻の表情はゲンナリ。
初めてのタイに対する不安と、狭い機内で慣れない姿勢で寝返りを繰り返したストレスによるもの。
 
未知なる世界への旅がはじまるかと思うと胸が騒がずにはいられない。
妻がいるため、リスクの高い冒険はできないけれど、これからハラハラドキドキが待ち受けているかと思うと自然と口角が上がる。
今回の旅は、4泊5日。
日本からホテルも予約しているのでトラブルはほとんどないだろう。
と、思いきや関空のエアアジアカウンターで受託荷物は料金が発生することを告げられる。
 
「15kgあたり6,500円です」
 
高っ!
腑抜けヅラで受付の女性を眺める僕と妻。
必要以上に大きなコバルトブルーのキャリーバック。
恐る恐る重量計に乗せると「18.5kg」の表示。
 
重っ!
アジア旅行4泊5日で、何をこれほど荷物を持ってくる必要があるか。
 
受付「ですから、1人あたりの重量15kgをオーバーしていますので、お2人で30kgまでの金額となります」
僕「あ、そうですか。じゃあ2人だからこのまま送れるんですね」
受付「送れますよー」
僕「じゃあ、お願いします」
受付「はい、それでは料金は13,000円です。支払いは別のカウンターでお願いします」
 
僕「え、ちょっと待って、ちょっと待って。6,500円じゃないんです?」
 
受付「はい?1人6,500円ですので2人で13,000円です」
 

高っ!
 

受付「帰りの分もこちらでお支払いしておきますか?倍になりますので26,000円です」
 

高っ!


ちょっと待ってよ、荷物運ぶだけでもう一人分の航空料金になるじゃないの。
 
僕「じゃあ、すみません。15kgに抑えますのでちょっと待ってもらっていいですか?」
受付「そうですか」
僕「あの、多分ダメでしょうが、一応聞きたいのですが、3kgだけオーバーでも6,500円かかるのですか?」
受付「はい」
僕「3kgですよ、もし妻が臨月の状態だと仮定して考えてみてください。お腹の子どもはそれはもう3kgに近いほど…」
受付「無理です。次の方どうぞー」
 

ガッデム!

 
どうやら、航空チケットを予約する段階で手続していればもう少し安価な値段になったようです。
妻は空港のコンビニで頂いたダンボールに必要のない荷物を詰め込みます。
「何だよ、あの仕組み」とブツブツ言う僕を横目に「もう私、絶対に航空チケット取らない」と怒り出す妻。
そうです、今回のタイへのチケットは妻が全部手続きしてくれたんですね。
何から何までやってくれたのにも関わらず、僕が「恐ろしく高い」など必要以上にグチっていたので妻は気を悪くしてしまいました。
 

妻「私も、こんな格安の航空会社利用したことがないから、そんな仕組みだなんて分からないし、亮太君はお腹が減ったらすぐに機嫌悪くなるし、私はもう二度とチケットは取らない!」

 
そりゃそうだ、と思いながらも何だか僕が謝るのも違うような気がして、代わりにエアアジアの代表が謝ってくれれば良いのに、と一番穏やかな解決策を考えながら結局僕は黙ってしまった。
なぜなら、時刻は22時を過ぎ、昼から何も食べていない僕は空腹の真っただ中にいたからだ。
 
さすが妻。
 
10年も一緒に暮らすと僕がお腹が空いて機嫌が悪くなっているということに気付くものだ。
ここで口ごたえなんてしてしまえば、ただお腹が減って機嫌が悪くなった子どもみたいで、亭主としての沽券に関わる。
先手を打たれて、口をつぐむことしかできない哀れさ。
ムーンライトに照らされて寂しく微笑むしかない。
 
 
ダンボールにはノートパソコンやiPadや一眼レフカメラや衣類や石鹼やタオルや除菌シートや、色々なものが詰め込まれていく。
無駄なものの数々。
その中にある僕の荷物はノートパソコンペン入れのみ。
 
「タイにいくのにそんなに荷物いらないよね。服なんて向こうで買えばいいし」
 
なんていうことは口が裂けても言えない。
代わりに「このキャリーバッグ自体が重いんだよな」と言うと、それだけでも睨まれた。
 
 
ダンボールにガムテープで封をし、コンビニからそのまま自宅に送る。
そして、もう一度エアアジアのカウンターに。
重量計に乗せると13kg
僕は6,500円を支払い、無事に搭乗口へ進んだ。
「あのダンボールの中身、5kgもあったのか」
と言葉にするのは頭の中だけにして、僕らは閉店間際の免税店へと足を踏み入れた次第である。
 
 
 
このように、日本を発つ前からすでにアクシデントがあった。
そんな滑り出しの悪さも手伝い(もちろん眠気やなんかもあったりして)、どこか手放しに喜ぶことのできない入国だったように思う。
 
 
とりあえず両替所で10,000円だけ換金する。
パスポートを出して、用紙にサインをする。
少し湿った紙、2,600バーツほどが手渡された。
1バーツあたりおよそ3円で単純計算。
空港はレートが悪いから、とりあえず10,000円分だけ。
ほとんど全てをクレジットカードで決済しても良いのだけれど、カードが使えないところももちろん行くだろうし、何より僕は時代錯誤の現金主義
 
 
数種類の色のプミポン国王の描かれた紙幣。
それを小銭入れに詰め込んで出発。
空港の1階、外、タクシー乗り場に向かう。
 
すると訛りのすごい英語を使うタイ人の男性が「どこへ行く?」と聞いてきた。
制服を着ているからきっとタクシー会社の人だろう。
 
僕「ソイ27(そういう名前の通り)のSIRI SATHORN HOTELに行きたい」
 
男は怪訝な表情で僕を見る。
きっと彼からしても僕の英語は恐るべき訛りなのだろう。
一生懸命、ホテルの名前とソイ27という通りの名前を言ったが、ひたすらその怪訝な顔を崩さない。
すると女性の受付に変わった。
何とか、ホテルの名前を伝えると何やら紙切れを渡されて、「向こうへ行け」という。
何だかよく分からないので、言われた通りにするのも癪なので、自分でタクシーを探すことにした。
 
 
空港の前には数台のタクシーが停まっていて、とりあえず気のよさそうな顔の運転手に声をかけた。
これが恐ろしく英語のできない男で、笑顔だけでここまでやってきたようなタイプの人間だった。
 
僕「とりあえず、市内に行きたいんだ」
 
彼は歯茎を丸出しにして頷き、僕にこっちへ来いというジェスチャー。
ついて行くと、先ほどの受付の女性のところだった。
どうやら「ここで説明しろ」と言っているようだ。
妻は少し不安な表情。
僕はこの無駄なコミュニケーションが楽しくて仕方がない。
言葉が分からないけれど、なんとか言いたいことを伝えたい。
それがうまくいった時、人間として少しだけ成長しているような気になるから。
仕方なくiPhoneでホテルの住所の写真を見せた。
これは奥の手。
できるだけ話すことだけで乗り切りたい。
夜中だし、妻が少し怯えているから仕方がない。
 
 
すると印刷されたわらばん紙にペンで何やら書いて渡された。
それを運転手に見せると、「乗れ」みたいな感じで車へ勧められた。
キャリーバッグをタクシーのトランクに入れながら、タイ語で何か独り言みたいなことを言っている運転手。
もう一度iPhoneの画面を見せると、嬉しそうに歯茎を見せながら頷いた。
 
僕「How much?」
 
旅行本の情報で、「先に値段を聞いておいた方が良い」と記載されていたのを思い出して尋ねてみた。
メータータクシーだが、外国人観光客にはメーターを倒さずに目的地へ行き、料金を騙されることがよくあるのだそうだ。
学生時代、バックパックを背負いインドへ一人旅に行った時、この手は常套手段であったのでぬかりはない。
空港からバンコクの中心部まではおよそ250~350バーツだという(別途、有料道路50バーツ)。
 
 
運転手「50バーツ」
 
僕「え?」
 
運転手「50バーツ」
 
 
んなわけない。
50バーツで行けるわけがない。
しかし何度聞いても「フィフティバーツ」としか答えない。
コイツ、有料道路の話をしているのか?と思いながらも、それを伝える語学力がないので、メーターを倒すように言った。
分かっているのか、分かっていないのか、とりあえず「乗れ」みたいな感じなので、僕たちは車の中へ乗り込んだ。
 
 
僕らは後部座席に座り、出発を待つ。
彼が運転席に座ると、何やら妻に話しかけている。
「あぁ、シートベルトね」
と察知し、シートベルトを着用する妻。
「僕も」とシートベルトをつけようとするが、壊れていてつかない。
ずっと運転手がタイ語で何か言っているので、僕は焦りながら壊れたシートベルトを無理矢理着用しようとした。
 
もしくは「お前、シートベルト壊したな!」という新手の詐欺かもしれない、と焦りながら必死にカチャカチャ音を立ててシートベルトをまさぐった。
平然とした表情で妻は僕を見ている。
「私はもう付けたわよ」といった感じ。
 
すると運転手は席から降りた。
 
そして妻の座席横の扉を閉め直した。
どうやら半ドアだったようである。
 
なんとカッコ悪いことか。
店のスタッフには見せられない恥ずかしい姿である。
 
 
 
そのままタクシーは動き出した。
ラジオのスイッチを入れると、タイ語の歌が車内に流れた。
笑顔で何やら話しかけてくるが、タイ語なので分からない。
こちらが英語で答えると、向こうはタイ語じゃないので分からない。
ただ、終始歯茎剥き出しの笑顔なものだから、車内は和んだ。
ようやく一安心の様子の妻。
ただ、僕は油断ならない。
笑顔であっても悪い奴は悪いことをしてくる。
特に外国では、笑顔が上手な人間ほど騙してくるケースが多いからだ。
 
 
夜中の道路は閑散としていて、40分も走るとホテルに到着した。
ホテル近くになって、急に運転手が「ここか?」と全く違うホテルの前に止めたので「やっぱり悪い奴だったか!」と思ったが、その100m先に僕たちの予約したホテルはあった。
メーターは270バーツほど。
きっと、早く着き過ぎたからメーターを稼ぎたかったのだと思う。
だって、絶対に間違えるわけのない場所だし、ホテル名を調べてから「違う」と言ったら、これまた歯茎丸出しで大笑いしていたので。
きっと僕たちをおちょくっていたんだろう。
予約したホテルは5つ星なのに対して、タクシーが停まった場所は少し荒んだ雰囲気。
それが運転手の渾身のボケだとしても、僕たちには正解がわからないので、それがボケているのか分からない。
 
 
ホテルに到着すると、ポーターが出迎えてくれた。
タクシーを降りる時「Hou much?」と尋ねると、運転手は歯茎を大気に晒しながら「とりあえずチェックインしろ」みたいなジェスチャー。
メーターを見ると280バーツだった。
とりあえず運転手に勧められるがままホテルに入り、受付をする。
チェックインは昼の2時以降となっている。
時計を見るとまだam4:30。
とりあえず、荷物だけ預かってもらうことに。
妻の父がよくタイに行くので、「ホテルのフロント前でゆっくりしていれば良い」と教えてくれていた。
そうするかどうかは兎も角として、良いホテルだとチェックインまでの間もゆっくり過ごせるらしい。
僕らが泊まる場所はSHIRI SATHORN executive serviced residenceという星が5つのホテル。
苦労はない。
5つ星といっても、タイでは1部屋10,000円少しで泊まれるからかなりリーズナブル。
(実際泊まってみた感覚として、サービスや施設の充実さを考えると安すぎるほどだ)
 
 
 
ポンポン
振り返るとポーターが僕の肩を叩いていた。
そして彼はホテルのエントランスゲートの方を指さした。
彼の指先には先ほどの運転手がいた。
「あ、そうか。支払いだ」
急いでタクシーのところまで駆けつけると、運転手は歯茎を僕に見せるように笑った。
「いくら?」
そう聞くと、運転手はさらにピンク色の歯茎を広げ、僕のお尻をポーンと叩いて「350バーツ」と言った。
メーターの電源は既に落としていた。
これでもはや証拠はない。
こいつ、やっぱり胡散臭い奴だったか。
それでも、無事ホテルまで到着できた喜びに、「チップだ」と言って400バーツを渡して、運転手の尻をポーンポーンと叩き返してやった。
すると彼は飛び上がるほど喜んで、「コップンカッ!」と手を合わせた。
その様子はもはや食虫植物に飲み込まれているほどの歯茎ぶりだった。
 
 
 
ホテルのフロントに戻ると、妻が契約書にサインをしていた。
 
受付「デポジット」
 
ん?
デポジット?
そうか!保証金が必要だった。
 
受付「3,000バーツ」
 
しまった、10,000円分しか換金していない。
困ったなぁ。
「ここで換金できますか?」
と尋ねても首横に振られる。
「じゃあ、日本円でデポジットできる?」
と言って福沢諭吉の描かれた紙幣を見せた。
するとニッコリ笑って「OK」と答えた。
 
 
 
さて、これからどうしよか?
僕はもちろんフロント前のソファで時間を過ごすつもりはない。
 
「よし、カオサンロードに行こう」
 
妻の怪訝な表情をよそに、僕と妻は朝方のホテルを抜け出した。
外はまだ、暗闇に満ちていた。
そして妻は「もう二度と亮太君と海外に行かない」と叫ぶこととなる。
 
 
 
赤光のTHAHILAND~一日目~その2。へつづく