櫓大悟一門会のゲスト『天馬鈴若&その一味』

天馬鈴若師匠がスゴイ。



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先日の櫓大悟一門会でゲスト出演されていた天馬鈴若&その一味

ロックン河内音頭としてロックのリズムで津軽三味線を奏で、歌う。
河内音頭・民謡とロックの融合。



その圧倒的なグルーブ感。
そして伸びやかで透き通るような声。



「う…うまっ」



*前回の記事『河内音頭の神髄を堪能』*←クリックしてね



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一瞬にして場を支配する圧巻の技量。

ゲストなのに、登場した途端独演会だと感じさせる存在感。
天馬鈴若師匠の歌声、その一味さんのサウンド、生で体感できて良かったです。





その一味さんたちの津軽三味線のハーモニーと歌声も。

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ほとばしる汗。
もうロックのライブ会場に来たような感覚に。
会場は大興奮!



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重なり合う津軽三味線の音色。
激しく、複雑に、心地良く!



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十二分に楽しませて頂きました。
天馬鈴若&その一味、次回のステージも非常に楽しみです♪

OrangeGardenのウェルカムボードin顕証寺での結婚式

顕証寺での結婚式に向けて。



あきら&ゆか1



OrangeGardenプロジェクト。

来月、八尾の重要文化財顕証寺で行われる結婚式。
そのウェルカムボードをイラストレーターのせのおしんやさんが描きます。


上は新郎新婦と打ち合わせをした後に描いたもの(下描き)。


夫婦の話を聞いて、人柄を見て、同じ空気を吸って。
二人の理想を元にイメージを膨らませる。




え?2人にソックリ!www


夏が大好きなアウトドア派の二人。
波に乗りサーフィンする模様。


夫婦の「好きなもの」をこのようにイラストにしていきます。



ちなみに、下描きの前のメモのようなものはこちら↓


しんやくんの頭の中を見てみたい。



これがどうなるの?って思っていたら一番上の下描きのイラストに。
ここからさらにブラッシュアップ。



動物たちが出現、波に躍動感が。
Senoo Colorと呼ばれる独特のカラフルな色彩で塗り重ね。



イラストへ生命が吹き込まれていきます。



そして完成されたイラストがこちら。



あきら&ゆか

Happy Wedding!!

とってもキュート。
愛情がたっぷり。


最高の結婚式となりそうです。





OrangeGardenへのお問い合わせはこちら。

《Orange Garden》クリックしてね

河内音頭の神髄を堪能

櫓大悟一門会に行ってみた。



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先日、八尾市のプリズムレセプションホールにて、櫓大悟一門会に行ってきました。
河内を代表する文化、河内音頭の舞台です。


河内音頭というのは、一般的な盆踊りでの音楽が河内地域でアレンジされ発展したもの。
もともとは新聞(しんもん)詠みといって、北河内から中河内の出来事を節にのせて語ったのが発祥と言われます。
音頭取りは各地のニュースを浪曲のような語り口と歌で聴かせる、言わばストーリーテーラー


それが時代と共に改良(アレンジ)を重ね、河内を代表するエンターテイメントになりました。



河内音頭

江戸期から北河内交野地区、中河内八尾周辺、また南河内でもそれぞれ歌われていた土着の音頭・民謡、浄瑠璃、祭文といった庶民の芸能と仏教の声明が、長い時間をかけて混ざり合い、改良されて成立。
地蔵盆の時期に盆踊り歌として歌われることになるが、元来は亡くなった人々の魂の鎮魂歌であり現世に回帰した際の霊魂をもてなす意味が含まれ、いずれにせよ仏教とは切っても切れない経緯がある。


wikiより



そんな河内音頭の名門、櫓大悟一門会の舞台を鑑賞してきました。



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櫓祥鼓(やぐらしょうこ)さんによる華麗な和太鼓の演舞で幕は上がりました。

美しい着物、美しい舞、美しい所作。
加え、流し目の艶っぽさ。

音楽に乗せ、太鼓を打って、舞を踊り、さらに太鼓を打つ。
鮮やかなバチさばき。

美しさもさることながら、驚かされるのはその体力。
それを涼し気な表情で軽やかに魅せるのもプロフェッショナルを感じさせます。



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全身を使った華麗な演舞。
扇から飛び出した紙吹雪に拍手喝采。



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美しくて、格好良い。
その両方を兼ね備えた祥鼓さんの演舞に観客は魅了。





続いては師匠・櫓大悟(やぐらだいご)さんによる河内音頭演舞「瞼の母」

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三度笠で顔を隠した番場の忠太郎(櫓大悟)が登場。



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師匠の名語り。
演劇と歌。
河内版ミュージカル。


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熱演に会場の涙を誘う。
櫓大悟師匠、御年72歳

舞台の上でスパークするその熱量は、他の追随を許さない。


「誰よりも輝きを放つ」


それが齢70を超えた役者であるという驚き、そして感動
命を削りながら輝く舞台役者の姿に観客の心は大きく揺れ動く。


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そして大悟師匠と祥鼓さんによる和太鼓とエレキギターのセッション。

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異文化を掛け合わせて、河内音頭に昇華させます。
その発想とアレンジのミックスに新たな世界の扉が開きます。



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二人のセッションに会場もヒートアップ。



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周りでは音に合わせ、河内音頭を踊る人たちも。
人間のDNAに組み込まれた「踊る」という本能。
見るだけでなく、踊って参加するというライヴ感。



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あー!楽しい!

白熱する場内に鳴り響く和太鼓とエレキの歪み。
独特の世界観の中で、踊りながら混ざり合い、一体化していく心地良さ。

快感の理由は「音」の「喜び」。
河内音頭にはそれがある。



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華麗なる舞に息を飲み、人情ものの物語に涙し、共に手を叩き踊っては笑う。
河内音頭は総合的なエンターテイメントであるといえます。


河内の歴史あるロックフェスこそ「河内音頭」なのではないでしょうか?


これからの祭りの時期。
お酒を飲みながら河内音頭で一緒に汗を流しませんか?


言い知れぬ快感が全身を駆け巡ります。



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《猟・蛸・羊》~犬に学ぶ器の大きさ~

犬に学ぶ「あたりまえ」の感覚。



犬ってかわいい。
書き物に集中していると、気が付けば膝の上に乗っている。
ソファの方が居心地いいんじゃないの?
って思うけど、わざわざやってきて、自分でどうにか座り位置を調整しながら眠ってる。
なんだか嬉しい。
時々邪魔だったり、重いから下におろしたりするけど、それは僕の都合で。
それを彼は黙って受けれる。


一つ一つの仕草。
自分に余裕のある時はそれを「かわいい」と思ったり、そうでない時は「やめてくれない?」と邪険にしたりする僕。
随分と身勝手なものだなぁと思う。
犬はずっと変わらずに僕に対して接してくれる。
冷たい態度をとられても、またいつもと同じように。


きっと僕の見た目がボロボロになっても、びっくりするくらいお金がなくなっても、変わらない態度で接してくれると思う。
そんな相手、なかなかいないでしょ。
だから、僕も犬や家族に対してはそうでありたい、と思う。
でも、これがなかなか難しい。
自分の都合で態度を変えてしまう。
とても未熟。


犬に学ぶことは多い。
言葉は喋れなくても、ちゃんと喜んだり、怒ったり、悲しんだりしていて。
感情を現したり、時に嫉妬したり、不安をこじらせて変な行動したり。
僕たちと同じで不完全な生き物なのに、家族にはいつもフラットに接してくれる。
僕よりも器が大きいなって思う。


そしてそのことを自慢したりしない。
きっとそれが「普通」だって思っているから。
犬の世界ではあたりまえなこと。
人間は道具を使ったり、空を飛んだりするようになったけど、犬のあたりまえをいつからかできなくなってしまった。
いや、最初からできなかったのかもしれない。


変わることはとても刺激的だが、変わらないことは誠実でとても難しいことだと思う。
色々な世界を眺め旅する鳥と、彼らが羽を休めるために根を張りずっと同じ場所で在り続ける木々。
どちらも大切。
でも人間性の本質的な部分は後者でありたいと思う。

《猟・蛸・羊》~自分だけのものではない~

僕のものは誰かのものでもある、ということ。



家の隣で建物の解体工事が行われる。
それが決まった数日後、二階の寝室にアリが出た。

「なぜこんなところに?」
プチっとやっつけてそれでおしまいだったが、次の日も出てきた。
「どこからやってきたのだろう?」
解体工事がはじまるに従って頻繁にアリを見かけるようになる。
外で見る分には何でもないが、家の中でアリを見るのは気分が良いものではない。
ましてや寝室である。
背中がゾゾゾとくすぐったい。


アリはどこから来たのか?
そして一体何が目的なのか?


解体工事がはじまる前日。
目が覚めて僕は言葉を失った。
ベッドの下にアリの行列を発見した。
只事ではないと思った僕は、そのアリたちをただちに潰していった。
パニックになり逃げ回るアリたち。
一匹一匹、取りこぼさないように息の根を止める。
アリの列を辿ると、どうやら畳の隙間から上がってきていたらしい。
何匹かは逃がしたが、とりあえずなんとかアリを退治できた。

薬局に行ってアリ用の駆除剤を買わなければならない、と思った。
そして潰れたアリをティッシュにくるみながら、言い知れぬ恐怖を味わった。
部屋をアリに占領される、という。
寝室に甘いものがあるわけでもない。
その前に食べ物すら置いていない。

「なぜだ?」

理由の分からない問題は心を不安にさせる。
霧の中だと自由に動けないように。



そして次の日、建物の解体工事がはじまった。
朝から、轟音を立てながら鋼鉄のショベルが建物を破壊する。
その度に僕の家は揺れる。
これは恐怖だ。
妻が不眠症に陥った。
アリの駆除どころの話ではない。
買ったばかりの薬剤は封を開けられないまま、ぽつねんと静かに影の中に置かれていた。



その解体工事はいまだに続いている。
物を破壊する時の音というのは気分を悪くさせる。
妻も僕もひどく疲れた。
何があった、というわけではないが、身近で行われる「破壊」に神経がすり減らされた。


そして、ふと気付いた。
あの行列を蹴散らした日から、寝室でアリを見かけていない、ということに。

「今思うと」なのだが、アリは自分の住処を失う(工事で破壊される)ことを知って、僕の家に逃げてきたのではないか?という考えが浮かび上がった。

そう思うと、かわいそうなことをしてしまった。
その場の感情だけで恐怖と怒りをぶつけてしまったのだから。

その場所は人が住む前に、アリの住む場所でもあったのだ。
人は工事のお知らせで近隣の住宅に挨拶して回るが、アリには挨拶などない。


事前に挨拶まで受けて、しかも「自分の家」が壊されるわけでもないのに、騒音で苛立っている自分。
何の知らせもなく、大きな機械に急に家を破壊されるアリ。
アリはきっと、僕の家に逃げてきた。
僕は何も知らずそのアリたちを襲った。
アリは、突然の敵の襲来に再び逃げた。


あれから一度として家の中でアリの姿を見ない。
おそらくアリにとって「この場所」もまた危険だということを察知したのだろう。
昆虫や動物は僕らに分からない鋭い感覚を持っている。
解体工事がはじまる前から「逃げなければならない」ことが分かっている。
僕という「敵」がいる、ということも分かっている。
僕たちが思うよりもずっと、いや、僕たちよりもずっと頭が良いのかもしれない。


僕たちはここから何を学ぶか。
生活というのは人と人の繋がりだけではない。
昆虫や草木、あらゆる生き物との共存の中で暮らしは成り立っている。
もっと相手のことを考えねばならない。
僕たちは決して一人で生きているのではない。


アリの駆除剤は未だ、封を開けないまま、倉庫に眠っている。