心の停滞は感情を深める

悲しいことや辛いことを癒すのに一番最適な方法は「忙しさ」です。
大抵のことは時間が解決してくれます。
ですから、瞬間的な悲しみへの対処法さえあれば、いずれはその痛みや辛さは忘れてしまいます。
その特効薬となるのが「忙しさ」です。
辛いことが起きたとしても、息もつかぬ間に新たな課題があなたの目の前に現れれば、そのことを考えている暇などないものです。

悲しいことや辛いことがあった時というのは部屋に閉じこもって一人になりがちですが、それは痛みに深さを与えるようなものです。
その痛みに怯えて、次のワンステップを躊躇してしまうというのが人間の学習能力です。
学習する前に、同じような痛みを何度も経験させて免疫を作る方が結果的に自分を強くしてくれます。
辛いことがあったら、他の似たような辛さもよく分からないうちに全て味わってしまいましょう。
激動の流れの中で、あなたの「辛さ」は最初の「辛さ」を忘れ、現象として一まとまりの「辛さ」で捉えるようになるでしょう。

結論。
悲しいことや辛いことがあった時は動き回れ。
そして自分が学習してしまう前に、似たような場面に何度も出くわせ。

色んな本を読んだり、たくさんの人と話したりしていると、大物の人は少々の悲しみや辛さにはへこたれません。
それどころじゃないほどの浮き沈みの中動き回っています。
そして誰もが必ず大きな傷(悲しみ)を心に負っているのです。
大成する人のためには、そんな悲しみや辛さがある種の栄養剤なのかもしれません。
最後に。
心の停滞は深さへと繋がる、ということを覚えておいてください。

課題の回収

毎月、月初めに目標を掲げて、その月の最後の日までにいくつクリアできるかということをやっているのですが。
イレギュラーなイベントがあったり、急なアクシデントなどで全てを回収することを至難の業であります。
もう一段階抽象的に考えて、一つ一つの課題を繋ぎ合わせる(連動させる)ことができれば、スムーズにいくのではないか、ということです。
例えばですね

●講演を一本する
●小説を一本仕上げる
●ラジオのオススメ特集を組む
●新しいカクテルを創作する

これは先月の私の課題でして、細々としたものは他にもあるのですが大筋ではこの4つ。
どれもアウトプットに関するものなので繋ぎ合わせやすいですね。
講演の内容は「紙幣になった夏目漱石」に決まっていましたので、そこから考えました。
夏目漱石の講演をして、夏目漱石に関する小説を書いて、ラジオで夏目漱石の特集を組んで、夏目漱石っぽいカクテルを作るでも有りなのですが、枠が狭く行き詰まりを感じやすいですね。
かといってそれぞれ別のテーマを考えたり調べたりするには一カ月という期間は短すぎる。
ですから、抽象度を一段上げるのです。
ここからは連想ゲームのようなもの。

夏目漱石といえば、今年は没後100年だ。

というのがまず初めに頭に思い浮かびましたので、『没後』を頂戴して考えていきます。
するとトランぺッターのマイルス・デイビスも今年が没後25年といったアニバーサリーであることを知ります。
ここで音楽家というところから、ラジオの特集は「漱石×マイルス特集」はどうだ?といった妖しげな香りが漂い始めます。
「何かありそうだ」
この感覚が大切です
「何かありそうだ」といいう己の直観、肌感覚を大切にしてください。
必ず何か、おもしろいものがあります。

他には妻の母が亡くなって三回忌。
小説は妻の母に関するもので一つ書くことができそうです。

ラジオで組んだ漱石×マイルス特集により、マイルス・デイビスの新たな魅力を知ります。
ここで創作カクテルは「マイルスのアダルトな雰囲気」を入れよう、と。
季節柄、旬の果実はイチジク。
ドレスアップしてシートに腰を沈めながら鑑賞するマイルスのジャズ。
ジャズというジャンルを一段底上げした功績とその気高さ、そしてどこまでも変化を遂げていく彼のスタンス。
イチジクのエロスと繊細さ、ダークラムでアダルトな雰囲気を、最後にミルクを加えることでお客さんに一手間加えてカクテルを作ってもらうようにします。
こうしてイチジクのカクテルはできあがりました。

結局全ての課題はクリアしました。
『没後』というテーマで連想していく。
背景にある物語を自ら創作していき、幅を広げる。
インターネットでクリックするたびに新しいウィンドウが開き、そのアーカイブで情報を知るように、創作においてもそういった遊びは大切です。
「何かありそうだ」
という感覚、妖しげなニュアンス、曖昧な先の光。
それを掘り下げていくことが楽しかったります。
知らないことが芋蔓式に掘り起こされていくのは快感です。
全ては一つの「テーマ」で繋がっているのですから。
これが私の目標を到達させていく際のヒントです。

ある9月の月曜日に

朝起きてから天気がよくないもので、水出しで淹れたアイスコーヒーにミルク、飲みながら筋膜を伸ばす。
頭が痛いのは低気圧のせいか、ここのところ続いた分刻みのスケジュールのせいか。
久々の休日、何もない予定。
思いつきで車に乗り込み北へ向かう。

車内では古いヒップホップを流す。
ランDMCとかパブリックエネミーとか。
ワード、ワードに意識を集中させ、ぼんやりとした目標の語学習得。
膨大な情報量に触れることで、急に理解する時がくる。
受験勉強時の英語の長文の読解を思い出す。
突然分かる瞬間。
これは一種の快楽である。
赤ん坊が母国語を覚えていくことに近い、貴重な体験は実は大人になってからもできる。
最近は恥ずかしながら英単語を眺めたり、英字のニュースを読んだりして生活の中で英語に触れる機会を増やしている。

一日に複数本の洋画を観ていた時期があった。
その時も、いつの間にか俳優たちの会話が聴き取れるようになった。
不思議な体験である。
目標は英語のライムを聴き取り、歌えるようにすること。

車が高速道路を降りると京都と大阪の山あいだった。
しばらく車を走らせると、英国風の街並みが現れた。
名前はドゥリムトン村といった。
白髪の執事が迎えてくれ、村のレストランで遅めの朝食をとった。
いわゆるブランチというやつだ。
私はローストビーフ、妻はきのこのパスタ。
ポテトをのせて、ソースをつけて食べるローストビーフは今まで食べたどのローストビーフよりもおいしかった。
芳ばしさと絶妙な旨味の濃縮具合。
これからの人生においてローストビーフだけ腹を満たすことなどあり得るはずがないと思っていた以前の私。
その価値観が崩壊した。
霧のような小雨の降る中、私と妻は英国風の建物を見て周った。
ぐるりと歩けばもうおしまいである。
そんなこじんまりとした村だったが、目に見えない圧力は伝わった。
きっと英国好きのオーナーの愛情だろう。

私たちは車に乗り、山道をドライブした。
能勢のはずれにある山の中のカフェに車を停める。
手作りのロッジは暖色のあかりが灯っている。
そこで私はティラミスとダージリン、妻はオペラケーキとアールグレイを注文した。
ティラミスは舌のとろけるようなカスタードのさっぱりとした甘みとエスプレッソのほろ苦さが絶妙で。
妻のオペラケーキのコーヒーバタークリームは一口で幸せを手に入れることのできる濃厚な味わいだった。
妻は鞄の中から単行本を出して読み始めた。
私はロッジを出て庭を散歩する。
幾匹かのヒキガエルが腐葉土の上を飛び跳ねて驚かせた。
私がカエルたちを遊び心で追いかけていると、朽ちたクヌギのそばをひょろ長い蛇が滑っていった。
雨が地面を叩く音に枯葉が擦れる音がする。
山はなんていいんだ。

私たちはまた車に乗って山道をドライブした。
亀岡まで車を走らせ、湯の花温泉に到着する。
熱い湯に体を沈め、空想に耽った。
体を包み込んだ日々の忙殺や疲れを一枚一枚はがしていくように、全身をほぐす。
しばしの瞑想、心も身体もリフレッシュ。
そして私たちはゆっくりと家路を辿るのである。
夜の山道はなぜか私の気を昂らせた。
何が起きてもおかしくない、といった気持ちにさせる。
長い長いドライブは、私の頭の中を整理させてくれるには十分な役割を果たしてくれた。

大神神社

午前中に原稿を切り上げ、午後から奈良へ打ち合わせ。
その後、大神神社に手を合わせに行く。

久々の参拝。
濃度の高い空気、しっとりと、そして清々しい。
蝉の声をシャワーのように全身に浴びながら、辺りに溶け込んでゆく。
心地良い。
感謝の言葉を述べ、頭を下げる。
肩が軽くなったような心地。

御神体の三輪山を少し上がると挟井神社が。
ここは大物主大神の荒魂を祀る神社で、病気平癒や身体健康のご利益があると言われている。
妻の体を思いながら、今日まで無事健全でいられたことに感謝する。
さらに登頂まで登るコースがあるも受付時間が過ぎていたため断念。
次の機会に残しておく。
本殿のすぐ脇に万病に効くとの謂れのある薬井戸の湧き水。
喉を潤し、火照る身体を癒す。


そして知恵の神様が祀られている久延彦神社に向かう途中、一人の男性と出会う。
年の頃は50〜60代、軽装で足取り軽く山道を登る。
男は出合頭、

「上まで行かずともいい場所がありますよ、一緒に行きませんか?」

と私たちに声をかけた。
足を止めることなく、私たちの返事も待つことなく、そのまま歩き続ける男。
突然のことに驚くも何故か「お願いします。ありがとうございます」と答えた自分がいた。
私と妻は男の後をついて行った。

「結界が強いですから、体に負担がかかるかもしれません」
「はぁ」

何のことやら、男の足取りは尚も軽やかである。
突然空気が変わった。

「今、変わったでしょ?」

男は私たちの顔も見ずにそう言った。

「はい、何というか、濃密な空気に」
「そうです、一つ目の結界ですからわりと強いものですよ」

尚も歩調を緩めることなく先へ進む。
私たちも不思議な感覚の中に踏み入れたことに疑問や恐怖を持つことなく男についていく。
そうだ、この感覚、屋久島を登った時と同じだ。

いくつかの結界をくぐり抜け、縄で簡易に作られた鳥居の前に到着した。

「ここです」

誰もいない、木々の中にぽつねんと佇む鳥居。
風の声と鳥の声、そして昆虫たちの声が大きく聴こえる。
一礼して鳥居をくぐる男。
同様に私たちは後に続いた。

10mも歩くと、そこには注連縄で囲われた黒い岩と一本の大きなタイサンボクがあった。
空気が研ぎ澄まされている。
私は全身の毛が逆立った。

「すごい気でしょう?」
「はい、空気が、濃いです」
「そうなんです、ここはとにかくすごい。上まで行かずともこんな素晴らしい場所があるんですよ」
「人は来ないんですか?」
「はい、あまり知られていませんからね。人が多い場所はどうしても力が弱くなりますからいけません」
「なんだか、視界がくっきりしていますが」
「気の強い場所では景色が鮮明に映ります。空気を作る粒子が細かいのでしょう。場所によっても違いますから、ご自分で歩いてお試しください」

すごい、何だこの場所は。
不思議な力で溢れている。

「結界を張るのはね、悪い人を入れないためですよ。こういう場所(神社)は良い人も訪れれば悪い人も訪れる」
「そういうものですか」
「チャンネルを合わせながら歩くとたくさんのものを感じることができますよ。急がずにゆっくりと感じてください。私、パワースポットという言葉は嫌いですが、そういうものがあるとすれば、間違いなくここのような場所でしょう」

それだけ言うと、男は挨拶も早々に帰り始めた。

「ありがとうございます!声をかけてくださって。にしてもどうして、私たちを?」

男は立ち止まり、ふと視線を山へ移してからこう言った。

「あなた方なら大丈夫だと思いまして」

それがどういう意味なのかは分からない。
ここへ連れてきても悪さをしなさそうなのか、結界だの気だの不思議な話をしても変に思わなそうなのか(実際思うことはない)。

「できるだけゆっくり休んでいくと良いですよ。波長を合わせると色々なものが見えます。こういう場所は五感が研ぎ澄まされますから。では」

そう言って一人、元来た道を帰って行った。
私と妻はその場所にしばらくいた。
深呼吸をしたり、山の奏でる声を聴いたり。
その間一人として、この場所を訪れる者はいなかった。
何だか力を頂いたような感覚である。

私と妻はよく不思議な出来事に遭遇する。
今日のこともその一つである。
「いつものあれ、か」と目配せして微笑む。
偶然を大切にして生きる二人ならでは話かもしれない。

あの男性、一体何者なのだろう?
不思議な1日であった。

バーテンダー東京日記~最終日~

5日目、最終日

この日はずっと行きたかった場所。
予約がなかなか取れない店へ念願の訪問。
麻布十番にあるゲンヤマモトという名のBar。
前回の東京出張の時は予約が取れず断念。
メニューはコースメニューのみという攻めた店。

席数はカウンターの8席のみ。
BGMはない。
4品のコースか6品のコースかを選べる。
私たちは6品のコースを選ぶ。

酒と季節の果実をマリアージュしたカクテルが出される。
ここでは何が出されたかはあえて記さない。
ただ、感激に胸が震えた。
酒にも果実にも器にもマスターの愛を感じる。
その全ての要素を最大限にまで活かす。
調理された彼らは歓喜の涙を流していることだろう。

クラシカルなカクテルを勉強し、ミクソロジーカクテルに発想と華やかさを学び、表現してきた。
カクテルとは別々の材料、味を一つに一体化させることで弱点を省き、美味しさを足し算するものと考えていた。
この店を訪れて私の考えが変わった。
素材そのものの主張を壊してはならない。
同時多発的に、若しくは時間差で、素材の主張を引き出してやることが大切なのだ。
味を一つにするのではなく、多数の味を引き出すことによって一つのカクテルに仕上げること。
その優しさと人としての器の大きさが重要なのだ。
あくまでも主役は素材、それらの奏でるハーモニー。
裏方に回り味を引き出すことに徹底している。

そのためには材料のことを誰よりも熟知し、その特性を活かし、その効果を上げるために器を選び、演出する。
それがバーテンダーの仕事なのだ。

是非、港区に味を踏み入れたなら行ってみてほしい。
自分の感覚でカクテルを味わって頂きたい。

無音の中で炭酸の弾ける、しゅわしゅわと上げる声は、非常に涼やかで心地良い。
茶室でのひと時が思い出される。
時間、空間、カクテルを五感でお味わいください。


【雑記】
これにてバーテンダーとしての東京日記は終了。
たくさん刺激を受けた五日間でした。
次回出張の際はどこへ行こうか。
楽しみです。