本日の名言マリアージュ2

*本日の名言マリアージュ*
『プリンシプルを持って生きれば、人生に迷うことはない。』白洲次郎(官僚/実業家)

ロックグラスに大きめの氷一つ。
響を注いで、グラスに浮かぶ氷山を眺めながら。



*本日の名言マリアージュ*
『危険は勇者の目には太陽のごとく光輝く。』エウリーピデース(古代アテナイの詩人)

フレッシュグレープフルーツを絞ったスプモーニを。
(カンパリの苦味が身体に優しい。)



*本日の名言マリアージュ*
『困難は分割せよ。』ルネ・デカルト(哲学者)

キンキンに冷えたギブソンを。
(ジンにドライベルモット、カクテルグラスに注ぎパールオニオンを沈めて)



*本日の名言マリアージュ*
『晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。』吉川英治(作家)

雨上がりの空を見上げ、バラライカをくいと一口。
コアントローの仄かな甘い香りを楽しみながら。



*本日の名言マリアージュ*
『君、時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものなのだよ』W.シェイクスピア

冷えたウォッカにオレンジジュース、最後にガリアーノたるバニラのリキュールをフロート。
その名もハーヴェイウォールバンガー。
豊かな色香を放つ。



*本日の絵画マリアージュ*
クレーはとても好きです。
今日はクレーの絵とカクテルをマリアージュ。
ふわふわのピスコサワーをご一緒にお召し上がりください。
(ブランデーと卵白、檸檬と砂糖で味を整えてシェーク)


*本日の絵画マリアージュ*
ホイッスラーの『黒と金色のノクターン-落下する花火』
耽美的な色彩のハーモニー。

グラスを傾けて、ブルームーンを。
(ジンと檸檬、スミレリキュール)
パルフェタムールというボトルの名は『完全なる愛』



*本日の絵画マリアージュ*
サルバドール・ダリの描く『不思議の国のアリス』

オレンジジュースによく冷えたシャンパーニュを。
祝祭的な気分でミモザを召し上がれ。



*本日の名言マリアージュ*
『私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。』夏目漱石

よく冷えたジンにアンゴスチュラビターズを2、3滴垂らして。
ピリッと辛めのピンクジンを召し上がれ。



*本日の絵画マリアージュ*
ピエト・モンドリアンのコンポジション。
その法則的な抽象画には『美』という本質への求心力を持つ。
サンローランのデザインしたミニドレスは今尚魅力を輝かせる。

カクテルグラスに眩いホワイトレディを。



*本日の絵画マリアージュ*
クリムトの『人生の3段階』。
甘美な色彩と艶やかな妖しさ。

ブランデー、ラム、コアントローに檸檬を搾りシェーク。
その名もビトウィーン・ザ・シーツ。
香り豊かで上品な甘味はナイトキャップにぴったり。



*本日の名言マリアージュ*
『私は苦労して形になったものしか信用しない。』ビル・エヴァンス

先ほどの撫子色にイメージを受けまして、ビル・エヴァンスの旋律をお聴きください。
カクテルはソルティドッグにライチリキュールを一滴。



*本日の絵画マリアージュ*
エミール・ノルデの『Moon over the Sea』
水たまりの中に見た幻想、それは夢の入り口のようで。

ジンとリキュールの女王として名高いシャルトリューズをステア。
香り立つ頃に炭酸で割って。



*本日の絵画マリアージュ*
ハーバート・ジェームス・ドライパーで『プールのそばにいる少女』

先ほどの卯の花色からインスパイア。
ジン、檸檬、コアントロー。
空気を膨らませるようにシェーク。
長い余韻後の甘美、ホワイトレディを。



*本日の絵画マリアージュ*
橘与四郎の『Nina con mantel』。
太陽豊かな色彩は生命力を呼び起こす。

テキーラにオレンジジュース。
グレナデンシロップ(柘榴)を沈めて。
テキーラサンライズを召し上がれ。
橘与四郎の絵、テキーラサンライズに捧げるは情熱の薔薇色。
歓喜の色。
祝祭の色。
身体を巡る生命の色。
薔薇は美の香りを聴かせてくれる。

5月のつぶやき2

なでしこいろ。
その淡さ、やわらかさ、涼しげのあるぬくもり。
瞳と鼓膜、それからイメージの中に余韻長く。
美しい響きですね。



この考え、そして言葉、好きだなぁ。
足掻きが勝るとき、本に選別される。
この感覚って言語化しないだけで、本を読む人なら誰でも体験していることだと思う。
本を求める在り方には人それぞれあって
、その度に物語があるから話を聞くのが好き。



言葉が効果的に良さを引き出す場合と、その反対に邪魔になる場合がある。
できればプラスに働く言葉の使い方をしたいです。
添え物であったとしても、他方がより引き立つように。



陽の光、浴び輝く。
それも内側にこもるような発光を見せる白さ。
卯の花の色は単純な「白」ではなくて、その複雑が琴線に触れる。
私の好きな色でもあります。



満月には不思議な力があります。
惹きつけるもの。
昂ぶらせるもの。
浄化させるもの。
あらゆる影響をもたらします。
Good Luck♪



炎のゆらめきのような舞踏。
呼吸が聴こえてきそうな絵の中のいきものたち。
宮沢賢治の世界のようで。
あぁ、このすばらしきものがたり。



浮遊する自由な風景。
夢の中で出逢えるといいな。
そうなれば眠ることが待ち遠しくなるに違いない。



兼好法師の言葉の中で私の好きな箇所。
パンチラインが決まってる。
この後には「未熟でも上手にまじり、馬鹿にされても恥と感じない、平気な顔で続ける者は結局は上手となり、徳も備わり評価される」といった内容が続く。
何よりも先に人前へ。



ラズライト、コバルトガラス。
妖艶な青、魔術的。
美しいものには心を昂ぶらせたり、うっとりと鎮静させたりする二面性が。
鉱物のラピスラズリ(瑠璃色)には対極的な効果もあるような気がします。
ただ、やはり内向的な力の作用はそのもので。
瑠璃色の魅力を秘めた人に惹かれることも確かなこと。



おもしろいなぁ。
視覚から空間が構築され、そして脳内で音が再現されるのですね。
楽譜を読む時は、頭の中に街が広がってその中を散歩するような感覚なのかな。
そのような感覚の世界が存在する、ということ。
頭の中を覗いてみたいです。
先ほどの空間を構築する話の続き。
絵でも楽譜でも空間認識能力が必要なのはこのためか。
立体的なイメージで展開され、それを細部に渡るまで把握し、再現する。
村上春樹さんが「井戸を掘る」と例えるのは構築された空間世界の中へと入る作業であり、その世界の空気を五感でリアルに感じ、それを文章で再現しているのだろうな。
それは大げさではなく「見たまま」を書くような感覚なのかもしれない。
想像の世界と言えど、実際に足を踏み入れ、目の前に広がる景色や肌感覚での気付きを描写できる人こそ本物か。
ここから考察すると、共通点は
『絵として記憶していること』
それもリアルに、そして鮮明に。
まぁでも、そうか。
カクテルを作る時も、材料を用意する前に完成された絵が頭の中に既にある。
文章を書く時の課題だな。
もっと視覚を信頼せよ。
奥の方まで踏み込んだイメージをそのまま再現する。



光の当て方で万華鏡のように表情が豊かに変化。
豊饒の海、繰り返されるクオリア、生命の輪廻。
瞳に心地良い芸術です。



カクテルのスカイダイビングからイメージを。
縹色(はなだいろ)、その突き抜ける青さ。
心晴れやか、広がる青さ。
青にも色々あるのだなぁ。



空白を想像で埋める。
真空状態に空気が引き寄せられるように。
絵のことはよく分かりませんが、日記は結論から書いてます。
そうすれば空白は自然と埋まり、書き終わると「こんなこと考えてたんだ」って発見します。
空白、余白、白が好き。



今日の気になる言葉。
河内音頭のお師匠さまとの会話。
『完璧は無理だとしても、自分の中の限界は常に出し切ることができるだろう』
永遠に100点は採れないのだと。
採ったが最後、成長は終わる。
うまくやろうという欲や驕り、お客さんは気付く。
常に力を出し切ること、それだけ。



須飼秀和さんの個展に行ってきました。
やわらかい絵。
静かにこころに染み入る色。
とてもとても、やさしい。
便箋とポストカード。
さて、誰に手紙を書こうか。



心地良い音を奏で、こぼれおちる岩清水のようにも。
猛々しい嘶きに似た滝のようにも。
舞うように移ろう清流のようにも。
美しい。



花、絵画、スィーツ、ファッション。
カクテル作りはあらゆるものを参考としています。
百貨店を訪れるだけで勉強になることだらけ。



東京へ行った子にHUGO&VICTORのショコラを買ってきてもらいました。
以前から気になっていたので、それはそれは嬉しいのであります。
うひょー!!
宝石のようです。
これをお腰につけていれば、あらゆる動物たちが家来になりそうであります。

5月のつぶやき1

『満ちた月が欠けるまで』
という物語を執筆中です。
推敲、推敲、推敲。
屋久島を舞台にしたお話です。
そして、これが本になる予定です。



仕事を速めるためには知恵を使え(つけろ)という。
『知恵』は『要領』とも言える。
『要領』と『手抜き』の違いはズルをするか、しないか。
なるほどなぁ、納得。
達人達。禅僧の古川周賢さんと落語家の立川談春さんの対談より。



深みのあるヴァイオレット。
尾形光琳の燕子花図屏風を思い出しては。
本日のマリアージュはカキツバタを眺めながらサイドカーを楽しみましょう。
グランマルニエの150周年記念ボトル。
最高50年熟成したコニャックをベースに、華やかで豊かな香りが特徴的です。
これを使用したサイドカーは絶品。
ボトルに描かれたオレンジと葡萄のデザインも艶やか。
色っぽいボトルです。
ブランデーはクルボアジェのv.s.o.pルージュで。
フレッシュレモンを搾ってシェーク。
カクテルグラスに注ぎ、召し上がれ。



モノを生み出す人のことが好きで、それがどうしてかな?と考えた。
芸術家はモラルに対する許容が広い。
だからオモシロイ。
人が引いた停止線をずっと越えて思考し、具現化する。
だからオモシロイ。
良くも悪くもオモシロイ。



モラルという基準があるから遠くに飛べるのかな。
道徳って何なのかな。
道徳をどう解く?
とか言ってみたりしちゃって。
私も停止線の向こう側までは息継ぎしながらでも行くようにはしようと思います。



何でも『過多』はおもしろいと思います。
多過ぎることはボケでもあり、熱量の高さでもあり。
熱量の高さはボケでもあり、過多でもあり。
情熱でも作品数でも思考でも納豆でも、多過ぎると自然と笑っちゃいます。



専門分野と一般常識、そのギャップを埋めるのは人間性だったりユーモアだったりするのでしょう。



幼児の持つ無意識的な表現を芸術家は論理的かつ技巧的に表現するんですね。
そうすると邪念の少ない、言わば純粋無垢な幼児こそ最強なのかもしれないですね。
無意識と偶然性の活かし方のプロ。



須賀敦子全集。
通り過ぎる言葉が心地良い。
読書はリキッドとして飲むだけの行為よりも、ある程度の質感を感じながら咀嚼して飲み込むという一連の流れにこそ心地良さを感じるのだと思う、私の場合。
良い歯応え、良い喉越し、良い響き。



文化欠乏劣等感。
なるほどなぁ。
向こうの視点から見ると、選択肢のない中からも強引に意味付けして自己を確立していく必要があるんだ。
面白いなぁ。



『月と幻想科学』読了。
月に関する話を延々と。
私は月が好きなようで、今書いてる小説も月の話。
店の名前もMoonCafe。
奥さんの名前も朋子。
月には『ツキがある』や『憑き』の意味が。
神聖であり、狂気的なもの。



この境地に達することで枠から解放されるのだろうなぁ。
解放された時、見えないものがどんどん見えてきて。
ただ気分だけでも味わいたい。
とりあえず声に出してみよう。
"What we play is life"
後のことはそれからで。



美しいものは別の扉を開く。
何がどの感覚へ影響するのかなんて分からない。
とりあえず自分のフィルターへ通してみよう。
ガチャポンですね。
美しいものがコインとした話。



透明は決して無色ではなくて、光の色を帯びていて、仄かに発光していることが面白い。
ガラスの表情って豊か。
『つゆの森』という名前からもイマジネーションがぐるぐる。



そうなんですね。
アートって自分の中にあった次のアイディアの背中を押してくれるんです。
勝手に脳内で物語が進み始める。
インスピレーション。
これが紡いでいく。
この作品の彩る素晴らしい風景。



音楽のような形や詩のような色を絵で表現すること。
感覚として捉えたあらゆるものが自分の持つ出力法ではどのようなカタチとなるか。
カタチないものでさえカタチにしてしまう。
その試みから生まれるもの。
これまたガチャポン。



天国には欲望はないのか。
そうか、欲望がなければ争わないものね。
でも、欲望がなければ発展はないし。
できそうもなかったことが「できた」という時に幸福を感じる。
これ俗世の常。
そう考えると天国ってあんまり楽しい場所ではないね。



笑いは追いかけたら逃げる。
自信満々は嫌味になる。
不安と自信の同居、そのバランス。
いい言葉だなぁ。
動き続けてバランスをとらないとダメなんですね。
本当にいい状態というのは不安さえも必要条件の一部なのか。
なるほど。
器ですね。

タイムラインのたたずまいについて

タイムラインのたたずまいについて。

Twitterの話。
特に意味があるわけではありませんが、タイムラインを覗くとその人の『何か』を感じます。
重ねて言いますが、そのことについて特に意味はありません。
文字の並びや画像にその人の個人が現れていると言いますか、滲み出ていると言いますか。
幾つかのツィートの列から規則性を発見し、言葉以上の情報が溢れます。
それは雰囲気として漂う。
まさに『たたずまい』という言葉がぴったりなのでしょう。

「この人、部屋が汚そうだなぁ」とか「調味料にこだわるタイプだろうなぁ」とか「パンはちぎって食べるタイプ」とか「しっとりした声質だろう」とか。
色んな妄想が広がります。
そして、その妄想は実際とさほど遠からず、であることに確信に近いものを抱いています。
その根拠の無い自信は何処からくるのか。
それはタイムラインが放つ空気感。
ファーストインプレッションの説得力。
としか言いようがございません。
このような気持ち、分かる人多いのではないでしょうか?

言葉が少なくとも
「あ、この人頭いい」は分かりますし、
「本当のことは言わないんだな」ということも分かります。
さっきからこんなことばかり書いていて、
「お前は何様なんだ!」と言われても、ただ軽い会釈をして「いえいえ、ね、なんか、どうも」としか言えませんが。

この話は本当に何の意味もありません。
ただ、そう思うよなぁ、という話。
そして、そんな湧き出る妄想に微かな喜びを味わっている次第でございます。

おすすめの本は?

本日はラジオ収録。

毎週リスナーの皆さんから、たくさんのお便りを頂きます。
その数は番組内で紹介しきれないほど。
ただ、全てに目を通しています。
その中の質問について書いてみました。

Q.僕はあまり本を読まないのですが、本を読まない僕でも楽しめる作品はありますか?

というもの。
読書に時間をかける余裕のある人は少ない。
何を基準に少ないかと言えば、その数は日本人の全体の半分に満たない。
もっと言うと活字を積極的に摂取しているのは1割程度ではないでしょうか?
これは仕方のないことで。
とにかく本への需要がないことが原因です。
質問への回答のまえに、少しだけ読書離れのことについて書いてみましょう。

例えばスマートフォン。
今やほとんどの人が所有しているのではないでしょうか?
これを持つだけで月に1万円近くの費用がかかります。
はっきり言って娯楽、嗜好品です。
正直、なくても生きていける。
でも、皆その浪費を知った上で使い続けます。
それは持たないことのリスクの方が高いから。

スマートフォンを何故持つのか?
大半の理由としては『皆が持っているから』ではないでしょうか。
仕事にしろプライベートにしろ大多数がスマートフォンを持っているこの状況で、自分だけ手放すということは『共通言語』がなくなるようなもの。
それはSNSかもしれないし、人気アプリかもしれないし、スマートフォンの持つ携帯電話機能のことかもしれない。
スマートフォンがなければ話が合わない。
この状況を作り出したAppleは『スマートフォンを持たなければ共通言語を習得できない』というレベルの大きな需要を生みました。

それに比べ、本にはスマートフォンのような必要性、つまり需要がないのです。
本を読まない人が多い理由は、簡単に言えばこれだけのことです。
必要性のないものは優先順位がどんどん落ちていく。
あらゆる娯楽の後回し後回しとなって、気がついた頃には生活から随分と離れた場所に置き去りにされているのです。
読書はその最たるものと言えるでしょう。

本を読む必要があれば、誰もが本を読むはずです。
スキューバーダイビングをする時に酸素ボンベを使うのは、水の中では酸素が絶対に必要だから。
現代人にとってスマートフォンは酸素であり、読書は酸素ではないのです。


そしてもう一点。
読書以上に刺激的で、且つ安易に理解できるメディアが増えたということ。
ラジオ、レコードにはじまり、テレビ、映画、インターネット。
これだけ視覚的な映像や聴覚的な音楽を簡単に触れる機会があると、目で文字を追って頭の中の射影機で映像を再現する(想像する)といった面倒な工程を必要とする読書は流行りません。
映像や音楽と違って、時間の進み方が遅いということも要因でしょう。

ただ、一手間、二手間とかける工程が多いのですから奥が深いのは断然読書の方だとは思います。
工程が多いということは、それだけ受信側の能力を求められる、ということですから。
つまりテレビやネットは見たままで思考を止めますが、読書の場合、読者の想像力に委ねる割合がどうしても発生します。
ですから自分の想像力を磨けば限界無しに作品をブラッシュアップし続けることができるのです。
その楽しみ方を知れば読書の魅力の虜になるのだと思うのですが。
ただ例え、その楽しみ方を理解したとしても、大多数には流行らないと思います。
それはやはり『需要』の問題に尽きるでしょう。
必然的な要素がなければ、劇的に広がることはありません。
活字に携わる人間として、読書の需要を作り出すということも仕事の一環となるでしょう。


リスナーからの質問に戻ります。
私のおすすめする本は伝記です。
一冊の本を書き上げることができるような人物の物語はいつだってドラマティックであり、魅力的なものです。
描かれる人間はそのほとんどがマイノリティであり、必ず人生の逆境の中から這い上がっています。
それもそのはずで、大多数に混じって埋もれる人や人生自体が順風満帆な人は物語にはなり得ません。
『人と違う』から人を惹きつける物語となるのです。
その上伝記には逆境から抜け出るヒントや、思考力の訓練にもなります。
そういった意味では物語としても面白いし、人生のヒントが散りばめられた伝記という形態は、読書経験の浅い人にとっても親しみやすいものではないでしょうか。