第十回カウンターパフォーマンス『香り』

昨夜、私の店CafeBarDonnaにてカウンターパフォーマンスが催されました。
その概要をほんの少し。

カウンターパフォーマンスとは私、嶋津亮太がカウンターに並ぶお客様にトークとスペシャルなカクテルでおもてなしさせて頂くというイベントです。
おおよそ月1度のペースで催すのですが、毎回トークテーマを変えて、そしてそれに合わせたカクテルをお出しします。


第一回の『一期一会』から

『言霊』
『商人』
『笑いとアメリカ』
『火』
『脳』
『光と狂気~エスプレッソな夜に~』
『哲学ドルチェ』
『身体の不思議』

と続き、今回が『香り』をテーマとしました。


『香り』おもしろいですね。
料理を楽しむにもワインやウィスキー、カクテルを楽しむにも『香り』は大切な要素です。
むしろ舌の上で感じる情報よりも、『香り』が味覚に影響を及ぼす情報量の方が断然多いのです。
味は嗅覚が支配していると言っても過言ではありません。
その証拠に鼻をつまんでものを食べるとほとんど味がしません。
子供が嫌いなものを食べる時に鼻をつまむのはこのためです。

視覚や聴覚が受け取った情報は大脳新皮質へ送られます。
理性を司る部位ですね。
しかし嗅覚の情報は小脳へと信号が送られるのです。
小脳は本能を司ります。
ということは、視覚や聴覚の情報よりも嗅覚から受け取る情報の方がより人間の本質的部位に訴えかけるということなのです。


ココ・シャネルは言いました。

「もっと不思議で、人間的なのは匂いよ」

ココ・シャネルの功績の一つとして有名なのが香水です。
当時シャネルが作った香水はセンセーショナルでした。
「アルデヒド」という物質を香りの中に混ぜたのです。
「アルデヒド」とは、二日酔いの時の酸っぱい匂いだとか、カメムシの匂いの中にある物質です。
つまり「くさい」匂いですね。
もちろん香水作りにおいてその物質は敬遠されてきました。
そのタブーと言われてきた「アルデヒド」を使って香水を作ったのです。

対比効果と言いましょうか。
スイカに塩をかけるように。
美しい旋律にある種の違和感を加えるように。
言わば、反対の要素を加えることで別の要素を引き出したり、際立たせたりすることですね。
平坦な感覚に奥行きを作り出したのです。 
心地良い香りの要素に歪みを組み入れ、セクシーで深い香りを演出した、ということです。


私はほうじ茶と桃のカクテルをアペリティフとして出しました。
その場でフライパンの上で煎茶の茶葉を炒ります。
芳ばしい香りが店中に流れました。
ほうじ茶の香りにはリラックス効果があるので、それを実際に体感して頂いたのです。
茶葉を焙じることで香りの種類が増え、感じることのできるエリアが広がるのです。

焙じた分、茶葉に焼き目が付き、味わいに香ばしさが出ます。
この苦みを利用して桃の甘みを引き出し、コクを表現します。
先ほどの対比効果です。
熱湯で一分間蒸らしたほうじ茶とピーチリキュールを高速シェークして冷やし、カクテルグラスに注いでお出ししました。


香りには身体に及ぼす効能があります。
ほうじ茶のリラックス効果もそうです。
例えば、ローズマリーなら記憶力、発想力の強化や疲労回復が。
ラベンダーなら鎮静効果、免疫力強化、皮膚の再生力まで期待されます。
イランイランには異性を惹きつける効果があると言われています。
これらはハーブティや、アロマキャンドル、精油をお風呂に垂らすなどして体感することができます。


『香り』の不思議な力を話、体感して頂いた後、四種類のカクテルを作りました。

~春のカクテル~
ズブロッカとあんこ、エスプレッソを使い桜餅のような味わいを。

~赤富士~
あまおうをふんだんに使い、ウォッカとベリーで。
上にゴールドラムを混ぜた七分ほどのゆるいホイップを。

~高貴なジントニック~
ライムをジンに漬け込みインフューズドし、そのまま凍らせてジントニックに。
シャルトリューズのスプレーで香りを演出。

~香水~
香水とカクテルをマリアージュ。
アップルブランデーとスミレ、グレープフルーツで味付け。
充分な量のミントにクラッシュドアイス。
ガーニッシュに香水を振った羽を添えて。

香りを意識して作ったカクテルたち。
お客様にも変化していく味と心に満足していただけたようでございます。


最後に
「香りという無限の組み合わせを感じる嗅覚というものは、動物をそれ自体喜ばすものである」
レオナルド・ダ・ヴィンチ


多彩な香りで、豊かな人生をお送りください。


童画家・徳治昭という男

5月1日に童画家の徳治昭さんがプライマルラジオに出演してくださいます。
二度目の出演、嬉しい限りです。

全国を周る徳さんの個展では、詩や朗読で僕もコラボレーションさせて頂きました。
徳さんの描く絵はとても不思議です。
人は何でも簡単に言葉にしようとするから、貧弱なボキャブラリーの中で「あたたかい」だとか「ぬくもり」だとかで片づけてしまいます。
何と言っていいか分からないから「あたたかい」「かわいい」「ほっとする」というところに終結してしまうのですね。
それはそれで、『本当のキモチ』なのですが、口にした者は心のどこかに表現しきれていないもどかしさが残っているはずです。

「芸術を言葉で表現することはとてもとても難しく、
言葉で表現できないが故に、芸術家は絵や音楽で表現する。」

といった当たり前の構造に今更ながら気付かされます。
(ですから、感想を言葉にした後の伝えきれない残尿感のようなものは、実際的にごくごく当たり前なのですね。)


僕が好きなのは、徳さんの作品を見た人の息遣いです。
呼吸が変わるんです。
呼吸が変われば表情も変わります。
表情が変わればココロが変わります。


絵が放つエネルギー。
絵の持つ求心力。
人は徳さんの絵を見て、自分の中の何かを感じ取るのです。
一瞬にして世界に惹き込まれ、絵の前で涙する人もいれば、笑顔になる人もいて。
自分の中にある大切なもの(それは物語なのか、人なのか、感性なのか)を発見できるのですね。

その数奇な現象に出会った瞬間の『息遣い』を見ることが、僕は好きなんです。
ですから、たくさんの人に徳さんの絵を見て欲しい。
どう感じるのか、聞いてみたい。
そして説明しようとして、表現しきれなくなってもどかしくなっている様子に共感したい。
芸術とはある種、そういうもどかしい気持ちにさせる側面があるものです。


そして僕からのお願いが一つ。
徳さんの作品は、実際に個展会場へ足を運んで体感してください。
写真じゃダメなんです。
原画の放つ恐ろしいまでのエネルギーを身体中に浴びてください。

僕はシャガールの絵がどうしても好きになれなかったのですが、チューリッヒ美術館展が神戸に来た時、シャガールの原画を見てびっくらたまげたのですね。
ココロを根こそぎもっていかれたのですよ。
その時になってはじめて、世界的に幅広く評価されている意味が理解できたと思っています。
おせっかいながら、あのような体験を皆にして頂きたいのです。
ポスターや写真でも良いのですが、どうせなら貴重な体験を。



以下は、僕の書いた記事からの抜粋

A
『 童画家の徳さんは八尾を代表する芸術家の一人です。
 徳さんの描く絵は愛と希望で作る花火玉のようです。
 その絵を見た瞬間、その玉は眼球を通して心臓に打ち上げられます。たくさんのあたたかい材料を詰め込んだ分だけ、大きな花火となってきらきらと広がります。
 見ているだけで温かくなるのは絵の力。
 そして、その人の心。
 説明は要らない。見ればその人の心に眠っている感情は引き出されます。
 つまり、どんな花火が胸の中を彩るのか、それはあなた自身の心でもあるのです。
 絵によってその感動のきっかけをプレゼントしてくれる徳さんは、唯一無二の芸術家です。』

B
『会場には子供から高齢者まで幅広い層のお客さんが足を運んだ。徳さんの作品には愛らしい表情の動物や植物が描かれる。尚且つそこには力強さと繊細さが同居する。
作品を前にすると心が洗われる。まるで葉を伸ばして光合成する花や木のように、訪れたお客さんは健やかに微笑む。絵の放つ力。ある場合に人は、それを「愛」と呼ぶのかもしれない。
「徳さんにとって喜びとは何ですか」という質問に、「お客さんの笑顔を見た時ですかね」と照れる徳さん。「らいおんサンを見て元気がもらえるという言葉をよく頂きます。でも、実はそんなお客さんの姿を見て僕は元気をもらっているんですよ」と朗らかに笑った。
八尾生まれの芸術家・徳治昭の今後に注目したい。』
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ラジオの神様

それは突然の出来事でした。

朝方、録り溜めていたラジオを流しながら、僕はパソコンのキーボードを叩いていた。
パーソナリティの滑らかな喋り声。
3行打ってはバックスペース、頭をくしゃくしゃ、炭酸水を飲みながら、練り直し練り直す。
耳に入ってくるラジオの声は意識に届くか、届かないか。
そんな時、一瞬の静寂。
そしてくっきりとした輪郭でその歌声は僕の鼓膜を響かせた。

金属がぶつかり合う、その余韻に似た、かすれた声。
ハスキーなそれは、耳に届いた瞬間から潤いが溢れる。
独特の、それは魔法のような、声。
僕はこの声を知っている。

「あれ、あれれれ。あれれれれれ。」
そう言って僕は背筋を伸ばし、鼻筋にのったメガネをとる。
手の甲で両目を抑える。
頭の中を整理しようとするけれど、混乱で、その上興奮でうまく働かない。
答えを見つけようとする僕を越えて、激情が波のように押し寄せる。
椅子から立ち上がり、部屋の中をうろうろ。
そうだ、彼の声だ。
僕はやはりその声の主を知っていた。
時計を見ると4時20分だった。

声の主は辻村泰彦さん。
オーニソロジーというバンドのギターボーカル。
僕の店CafeBarDonnaでライブをしてくれたこともあるし、プライマルラジオに出演して歌ってくれたこともある。
年は僕の2つ下。
つまりは同世代。

彼の歌声は初めて聴いた時から好きだった。
ドライブのかかった声は、ざらつきながら遠くへ響く。
それはどこか淋しい。
その淋しさの中に官能的な余韻が残る。
文学的に言えば、それはまるで雨の降る窓の外を眺め、むせび泣く少女のよう。
壊れやすさ、あやうさの放つ色気。

そのラジオ番組は「菊地成孔の粋な夜電波」。
最もオモシロイ番組ベスト5の一つ。
ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔さんによる圧倒的な仕事量が濃縮された音楽とトークの番組。
週に一度、僕はBGM代わりに流し、作業する。
なんと贅沢なBGM。
それは僕のライフスタイルの一部。
番組が始まった時からそのルーティンは変わらない。
そんな中、聴こえてきた辻村さんの声。

ラジオの神様というのは確かに存在する。
その時僕はそう信じることができた。
偶然、流れてきた歌声に、感激し、興奮冷めやらぬまま、まだ暗い家の前の通りを練り歩いた。
(クールダウンさせるには朝の散歩が何よりの薬であった。)
時間も考えず、僕はtwitterから辻村さんにメッセージを送った。

「粋な夜電波で流れました?声、声、声!」

数えるほどしか聴いた事のない辻村さんの歌声を、ラジオで聴き、僕の記憶は蘇った。
それが何よりの辻村さんの歌声の魅力を証明するものではないだろうか。
ラジオの神様に心から感謝します。
このような感動を味わわせてもらったことに。

辻村さんは菊地成孔さんと楽曲を作る予定です。
皆さんどうか、辻村泰彦さんの曲を聴いて下さい。
そして出来る事であれば、応援してください。
僕の番組に出演して下さった方が大きくなっていくことは僕にとっての歓びでもあります。

辻村さん、同世代の表現者として、これほどの刺激を頂いたことに心から感謝します。
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NARUMIさんとneaさん、トークもジャズ的スタンスで

嬉しいことにPVの再生回数が5000回を超えました。
ありがとうございます。
海外では1万件を超えたようです。
少しずつ、少しずつではありますが、たくさんの人の目に触れることができれば幸せです。



本日はラジオ収録でした。
ゲストはミュージシャンのお二人。
ボーカリストのNARUMIさんとギタリストのneaさんにお越し頂き、愉快なお話の連続であっという間の時間でした。
ジャズに関わる方に多いのでしょうか、お二人とも独自の空気感と時間の流れで、トークの扱い方が非常にうまい!
パーソナリティとして大変勉強になります。
neaさんのユーモアとNARMIさんのチャーミングさ。
同じ時間を過していると、次第に心がウキウキします。
もっと話したかった。
底知れぬストーリーのストックと興味深い感性をもっともっと掘り出したかったのですが。
「まだまだ気になる」という意味ではラジオ番組的には成功だったのかもしれません。
そしてお二人の生演奏。
艶やかでウェットなギターの音色、独創的で伸びやかな歌声が織りなす音楽は恍惚のヒトトキ。
からみあう二人の感性に思わず、うっとり。
お二人のライブ、是非足をお運びくださいませ。。



ここ最近気づいたこと。

それは「オモシロイ人」というのは他人の後ろを振り返らない。

ということ。
つまり、他者と交わった時、相手の過去にとらわれず、「今」感じているものを大切にする。
そして同じ時間を過ごす時、自分と相手の未来を常に視線を注いでいる。
簡単に言えば「前を向いている」ということなのでしょうが、そんな単純なものではなく、遠い向こうに見える光を描くのが上手い。
そして、その光を具現化してきた喜びを知っている、とでもいいましょうか。
その姿勢は僕にとって、とても魅力的に映ります。
言い方を変えれば、相手の過去にはこれっぽっちも興味がないのですね。
逆にオモシロクナイ人は・・・。
そこにばかり目を注ぎます。

今日のゲストのお二人も間違いなく、オモシロイ方々でした。
短い時間でしたがお二人と同じ時間を過ごすことができて、心から幸せです。
NARUMIさん、neaさん、ありがとうございました。
そしてラジオを聴いて下さった方、お便りを送ってくれたたくさんの方、本当にありがとうございました。



最近、周りで素敵なことが同時多発的に起きていて驚いています。
何かが起こる前兆ではなかろうか、と微かな期待と心地良い程度の不安をもって日々を過ごしております。
たくさんの方へ、すばらしいもの、出会ったすばらしい人を紹介していきますので今後ともよろしくお願いします。

Namiotoさん

週一回放送のプライマルラジオも60回を超えました。
数々のゲストの方が番組に出演してくださりました。
通常ラジオ放送は一期一会。
電波が流れ、リスナーの皆様の耳に届いたそばから物語は消えていきます。
これではもったいない。
もしかすると「残す」という作業は無粋なのかもしれません。
とは言え、やはりもったいない。
流しっぱなしの放送ではなく、言葉にして残しておくことも大切なことではないか?
そう思った次第であります。
ですから、少しずつではありますがゲストの方の紹介と思い出をここに書き記していきたいと思います。


今年最初のラジオのゲストはミュージシャンのNamiotoさんでした。
『SAMURAI DRIVE』でお馴染みのCUNEの元メンバーで、現在は精力的にソロ活動をされています。
実はご出身が八尾という縁があり、出演してくださることになりました。
番組前に初めてお会いした時から独特の雰囲気を醸していらっしゃいました。
それは言葉にするには難しく、大体は人と会った場合、受け取り方としてこちらがハイになる方と、逆にローになる方、若しくは何も感じない方の三種類に分けられるのですが、Namiotoさんの印象はそのどれにも当てはまりませんでした。
言うなればワープする感覚とでもいいましょうか。
別世界の空気感を漂わせていらっしゃる、という印象です。
Namiotoさんの呼吸に合わせて私の感覚もどこかの惑星へワープするような。
平面でも立体でもなく、別空間へ飛ばされるようなとても不思議な体験です。

お話しなさるNamiotoさんは、とても礼儀正しく、そしてとてもあたたかい方でした。
きらきらとした瞳の輝きが印象的です。
本番ではギターの弾き語りを聴かせてくれました。
一度音色を奏でると、磁石のように求心力があり、瞬間的にNamiotoさんの世界へと惹き込まれました。
胸の中がざわざわ。
ただ、この時まではその「ざわざわ」の感情について多くを知ることができませんでした。


私が何よりも心を動かされたのは、Namiotoさんのステージを見た時です。
「見た」というよりも「体感した」と言った方が近いかもしれません。
まるで「音楽」という現象を旅するような感覚です。


ラジオ放送から少し経った頃、大阪市内でのライブを観に行かせて頂きました。
Namiotoさん、そしてバンドの皆さんのパフォーマンスは圧巻で、体の中心が興奮で震えました。
歌唱力はもちろん、そのエネルギッシュなステージパフォーマンスには唸りました。
まるで魚が水の中を泳ぐように、なめらかに、時にパワフルに動き回ります。
そして、その動き一つ一つに魅せられるのです。
私にはそれらが、生命力を削っで光り輝いているように見えました。
とんでもなくきらきらと、そしてそのきらきらにうっとりと。
気が付けば体の内側が熱くなっているんですね。
「共鳴」とはまさにこのことでしょう。
ライブは「生きる」ことであり、生きている姿はなんて美しいんだ、と気付かされた不思議な体験でした。
それはそれはすばらしく、あっという間の2時間でした。
ステージで解き放たれるNamiotoさんを見ていると、様々な考えが私の頭に浮かびました。
果たして自分のパフォーマンスが、Namiotoさんたちのように生命力を削り、輝きながら相手に伝わっているのか。
自信を持って頷けるか?
深く深く考えました。
ある人は紅潮した歓びをもらい、ある人は繊細な感性をもらい、ある人はパワフルな力をもらい、ある人は己への課題という刺激をもらう。
あらゆるものが詰まったステージでした。
人によって贈り物が違うというファンタジックなステージ。
すばらしい。

私以外にもこの感動を味わっている人がたくさんいて、そしてこの衝撃を知らない人がまだたくさんいる。
私は多くの人にNamiotoさんの存在を知ってもらいたいと思っています。
Namotoさんと出逢えたことも縁です。
私はこの縁を大切にしたいと思います。
この文章を読んでくださった方、是非、生のNamiotoさんのステージを見て下さい。
昨日とは違う自分になれる可能性を秘めています。

そんな話をしながら、次の放送では『veil』を流しました。
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