1月のつぶやき3

アートの民主化。
なるほど、アートは貴族からの依頼、またはパトロンによる援助だった中世に対し、現在は庶民の人気を数値化、または現金化して成立する人気商売になった。



言葉はなくとも、感情は共有できる。
僕たちはペットと感情の共有をしているもの。



明日の予定考えたら、もう起きなきゃいけない。
まだ寝てないのに。
何より、フグ食べたい。
美味しいやつ。

美味しくないフグとか、美味しくないカニとか、こじんまりしたウニとかイクラほど悲しいものはない。
それだったら納豆ご飯食べている方が心が安らぐ。



文化人とパフォーマーの間で。



「これがダンス、頭の算数」
だって。
おもしろ。



久々にたこ焼き屋さんのたこ焼きを食べたのだけど、ほっぺたが落ちるほどうまかった。
馴れは禁物。
たまに食べた時の破壊力、ね。



賢い人と一緒にいたら賢くなるし、おもしろい人と一緒にいたらおもしくなる。
人間の適応能力ってすごいなぁ。
同じ場にいて、ストレスがかかる人(レベルの高さゆえ)のところに飛び込むことが何よりの修業なのかも。
備え付けのオート適応能力に任せて。
あとの細々としたところは努力。



杏子のようなきれいな夕日を見ると、ウッディアレン の映画を思い出す。



文学は感情のカクテルだ。

いい言葉思いついた。
いつか使お。



ケンカの長所は、相手の本気度がわかるところだ。



検索には、「意味」や「方法」を調べる以外にも使い方はたくさんあって。
メタ的な視点から、「イマドキの人は何を感じているか」を知るというお手軽マーケティングにも利用できたりする、という。



内容よりも伝え方。
伝わらなきゃ、意味がない。



お客様に頂いたコーヒー豆。
コピ・ルアク。
ジャコウネコのフンです。
これを飲みながら、書き物に勤しみます。



随分と頭を使う記事の執筆が続いている。
バラバラになった思考を一つにまとめるのですが、集中しないと繋がらないし、でも結構心地良いものなんです。

1月のつぶやき2

純粋に学問が好きな人、純粋に音楽が好きな人、純粋に映画が好きな人。
純粋なところには批評はあっても皮肉はない。
僕も純粋に好きな人になりたい。



元日、真夜中の対話。
シュタイナーと中江藤樹。
美意識と勉強の哲学。
これらを織り交ぜて、書く。



「熱い人ほど続かない」と懸念されながらも、一定量の熱を保ち、走り続けてます。



「今」しか読む価値のない本なのか、「今」読みたい本なのか。



昨日、友人と話していて、彼が
ゴーストライター

オーストラリア
と聞き間違えた時に、「コイツ、ラッパーかよ」と思いました。



精神的な存在として、自立的で、自律的になる。
今日のパンチライン。



くつくつと湯の沸く音。
冬。
結構、結構。
書き物に勤しむ。



色彩と音色に対して繊細でありたい、と思います。
便利な色と美しい色は違います。



組み立てて、完成したものばかりに感心していても仕方がない。
材料となるそのものを見て、頭の中で空想を広げ、感心したり、喜んだり、生き生きとした感情を抱くべきだ。



完成されたものに感動はない。
それよりも、未だ完成されぬ、素材を目の当たりにして、感動できる感性を養いたい。

1月のつぶやき1

アーティストは「散らかし」、デザイナーは「片付ける」。
問題提起と問題解決の関係にある。



問いのないところに学びはない。
学ぶことは、知を得るよりも新たな問いを得るためだ。



新しいアイディアは、新しい組み合わせによって生まれる。
カクテルもそう。
組み合わせの中に発見があり、それを育てていく。
ただ組み合わせただけでは商品にはならない。



意外にも多くのイノベーションは非専門家によって起こされている。
偉大なる素人目線は侮れない。
その分野を学べば学ぶほど、死角が増えるのだろう。
学ばないということもまた、武器の一つかもしれない。



「知っている」ということが思考をショートカットしてしまう。



ノムさんの言葉が印象的だ。
ノムさんはメモ魔らしい。
メモが癖になると、感じることも癖になる。
人より秀でた存在になる不可欠な条件は、人より余計に感じること云々。



カルピスの原液をつくれ。

動いていれば、失敗を回避することなんて無理なのだから、全力で動け。

今日学んだこと。



昨年、とある教会で脱北した音楽家の演奏会に行きました。
ヴァイオリンとピオノ。
北の国の楽団でコンマスをしていた方とその奥様。
前触れもなくはじまったAmazing Graceに涙が溢れました。
それから僕は彼らのCDを毎日のように聴いています。



山で暮らしたいな。
毎朝のコーヒーと毎晩のコーヒーが楽しみになる。
赤穂の山奥のロッジで一週間ほど過ごしたことがある。
緑と土以外、本当に何もない場所だった。
鳥のさえずりに、毎日訪れる奇跡みたいな夕暮れ。
ひたすらに文章を書いた。



夜が来ると眠り、日の出と共に目が覚めた。
寝起きに深呼吸して淹れるコーヒー。
ミルがコーヒー豆を砕く音。
山の水で淹れる、輝くような黒い液体。
遠い山並みを眺めながら、または感じながり飲むそれは格別だった。

12月のつぶやき4

おもねらない姿勢で、少しばかり挑戦してみたい。



対話するように読書し、呼吸するように文章を書く。



料理に塩を入れると塩梅よくおいしく食べられるが、塩に料理を入れたら塩辛くてとても食べられない。
欲望も同じ。
人生の中に欲望を入れるべきで、欲望の中に人生を入れてはいけない。



ドストエフスキーの罪と罰より、古今亭志ん生の黄金餅の方がいい。
と言った北野武。
なんだかいいなぁ。



頭の中で色々と考えるよりも、愚直に実行すること。



果物屋に入ると楽しい。
一口にみかんと言っても色々あって、静岡の三ヶ月みかんを選ぶ。
早生から青島に変わったところ。
味がしっかりしてる。
値段の違いは袋の大きさの違い。
果物屋さんの果物って本当おいしい。
当たり前だけど。
スーパーマーケットの果実と果物屋さんの果実は、居酒屋の酒とバーの酒くらい違う。



大掃除をした後の部屋に対する慈しみ、愛おしさ。
これが毎日同じだけ続いたとすれば、部屋は常しえに美しい。

これ、恋愛にも言える。
人間の心は儚い。



リアリティにこそ説得力。
リアリティについて考える。
皺の一本一本だってそう。
生命の証として大切なもの。



30を越えてから、目上の人に対して機嫌の悪さをあからさまに出すようになった。
もちろん相手が悪いことをしているという前提として。
30を越えると、目上の人も頭ごなしに怒ることがなくなった。
とても生きやすくなった。
はて、これは良いことか、悪いことか。



目の前の承認よりも、ずっとずっと遠いところにある目的のために日々を過ごすことが、最近のテーマである。



どこのコンビニの惣菜がおいしいかを比較して順位を決めるのではなく、耕作からはじめる、もっと言うと狩りの方法を学ぶような感じ。
とても一朝一夕ではどうにもならないこと。

12月のつぶやき3

youtubeをはじめて使った時、嘘だと思った。
これ全部無料?
絶対嘘だと思った。

ああいう感動、もう一回味わいたい。



今日はプライマルラジオの収録日。
訳あって、1人で58分ぶっ続けトーク。
ああ、1人語りって難しいなぁ、と。



躍動感があり過ぎると笑ってしまう、という。
何事も「過ぎ」てしまうと意味合いが変わってしまいますね。



師走のこの忙しい時に、誰も見たり、聞いたりしないだろうから。
今のうちに、てんこもりストック用意しておきます。



ペットの犬がすべき場所ではないところで、おしっこをする。

今までは問答無用で叱りつけていたけれど、最近は「本当は何が言いたいのだろう」と考えるようになった。

犬も色々考えて生きている。
喋れないから別の行動で表現する。

それを読み取ってあげることもコミュニケーション。



【9】
アンドリュー・カーネギーの墓碑に刻まれた言葉。
彼の墓碑にはこのような言葉が刻まれている。

「自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る。」

自分よりも能力の高いものを敵対視するのか。
それとも相手の能力を求め、仲間として迎え入れるのか。

~アマデウスに視る芸術論~より



生き方は瞳に表れる。



本日はスタッフミーティング。
実験的な試みを。
今日から毎日続けていきます。
どのような効果が表れるか、楽しみ。



肉と酒があれば、心が一つになる。
ということもまた真実。