8月のつぶやき3




因みに、名刺入れも義父が現役時代に使っていたものを使わせて頂いてます。
物って、使っていた人の心が宿るような気がする。
尊敬する人の物を使わせて頂くことで、背筋がしゃんとするなぁ、と。
ストーリーのある「物」。



嘘って何だろう、と考える。
記憶を塗り替えて、本気でそうだと信じてしまえば、もうそれは嘘ではなく、本当になるのだろうか。
取材してインタビューを書き起こすことがよくあり、その時々に矛盾と出くわす。
嘘も本当もよく分からない。
ただそう「信じている」か「信じていない」か。
と、考えると記憶なんて頼りないものだ。
あてにならない。
大切なのは「今」。
過去をどう今に活かすか。
過去に苦しめられている人もいれば、過去を栄養剤にしている人もいる。
結局は捉え方次第。
That's 哲学的回答。



書いてます。
もう、毎日書いてます。
書くことに一喜一憂しなくなりました。
何か新たな段階にきたような気がします。



自分に嘘をつかない人生ってかなり大変。
でも、それを実行している人ってめちゃくちゃカッコイイ。
男が男に惚れるやつですね。
自分に嘘をつかないためには「覚悟」がいるし、何より相当な行動力が必要。
びんびん刺激受けてます。



満足度と価格が合わない時ほど、淋しいことはない。
高くても美味しかったら満足、腹が満たすことが目的なら多少味やサービスが悪くとも安ければ満足。
これ、飲食以外でも言えること。
常に満足感を得たいという傲慢さ。
満足度に裏切られた時、とても淋しい気持ちになります。



「一緒にいると自分が成長できる」
そういう人と過ごす時間って、かなり体力消費する。
正直、辛い。
でも、飛び込んでいかなきゃ!
密度が濃いし、放つエネルギーに圧倒されるけれど、長くいると結局慣れる。
人間はすごい。
結局、順応するのだもの。
だから、「逃げる」より「慣れろ」。
とりあえず全部受け入れて、飲み込んでしまえ。
慣れた頃にはかなりパワーアップしている。

8月のつぶやき2

「コネクティングドット」
かの有名なスタンフォード大学でのスピーチ。
ふとした時に(思い出したように)動画を見るんです。
点と点を結び、線にする。
人生には偉大なる伏線が張られていて、それを回収する喜び。
うん、無駄はない。



静かに狂っている状態をスタンダードにしたい。



コンビニのトイレに行こうとして歩いていると、祖母に出会い「今から亮太の店に行こうと思ってた」って。
「先に連絡してよー、店にいなかったら無駄足になるし、何より暑いから危ないよー」
いやー、道すがら偶然出会えてよかった。
にこにこする祖母。
そんな、夢をみた。



昨日も今日も打ち合わせに、取材に。
書かにゃならんものが溜まっていく一方。
それから実は小説の方の河内のカフカも締切が。
で、あと、お金とかどうとかいうものではなくて、それ以上に光栄な、大きなチャンスを頂けたお話について、ずっと考えています。
書いては消して、資料調べて、書いては消して。
これが一番頭を悩ませる。
そしてかなり刺激的な体験。



僕の書いた文章を読んで「涙が出ました」と言ってくれた人がいて。
例えば、それはあまりに個人的な出来事についてのことかもしれないし、大多数に向けたメッセージかもしれない。
でも、そういう言葉は励みになるし、これから文章を書く上でも、言葉一つ一つに何か別の力を纏うことになると思う。



音楽でも、料理でも、サービスでも。
心を動かすものって、密度が高い。
表面的にはあっさりしていても、水面下には膨大な情報量と熱量を宿している。
そんな文章を書きたい。






跳梁跋扈、それさえもエネルギーに変えてやれ!



自分の感性にない部分を考えるのは頭が痛くなる。
これも、勉強か。
楽しさの感じ方、美しさの感じ方、人それぞれ。

8月のつぶやき1

人格のロンダリング。
30歳を過ぎると色々考えることが多いですね。



嬉しいことがありました。
やはり、チャンスというものは掴まなきゃなりません。
ぼんやりとしていてはいけないのです。



溜息の理由。
落ち込んだ時も、うっとりとした時も、空想してわくわくした時も、思わずついちゃうもの。



やらなきゃいけないことっていうのは、突然怒涛の勢いでやってくる。
ぬるーく「あれもこれもやらなきゃなぁ〜(やりたいなぁ〜)」なんて考えているうちは、思い切ってインプットに専念した方が良いのかも。
本当の「やらなきゃ!」はしのごの言ってられないもの。
今携わっているいくつかのお仕事。
関係している皆さんのハートが本当に好きで。
どの現場も。
刺激的で、とても嬉しく、妥協ができないという喜び。
そんな、夏。



本日ラジオ収録。
セルバンテスの『ドンキホーテ』の話から、さだまさしさんの『風に立つライオン』、そして川原尚行さんの『行くぞ!ロシナンテス』のお話。
スーダンで巡回医療をされているドクターです。



台風とか戦争とか、いつでも世界のどこかで起きているのに、自分の目の前にやってくるまで、あんまり気にしないっていうのが人間だったりします。



昨日はポリスというバンドについて色々教わりました。
レオンの人、和田アキ子みたいな歌声の人、くらいしか知らなかったけれど、とってもすごい人たちなんですね。
僕はロックを感性で聴くのが苦手なのかもしれない。
隣で解説してもらいながらロックを聴く方が何十倍も楽しい。



僕が尊敬する人に共通するところは皆「短気」だということ。
別に「短気」を素晴らしいと思っているのではなく、並べてみて共通点を見つけると、皆「短気」。
「丸くなった」と言われる人の一瞬見せる鋭い眼光に背筋がピリつく。
どうして丸くなるのだろう。
そこに何の気付きがあったのだろう。
調和を求めた結果、人間性の角を削るということに思い至ったのだろうか。
進歩と調和を個人の中で共存させるのは本当に難しい。
きっと僕が尊敬する人が「短気」なのは、皆「進歩」に重点を置いているからだろう。
つまり、根本として僕の求める力は「進歩」にある。
多様性の中に生きている。
いろんなタイプの人がいるから発想が偏らない。
偶然が起こる。
その辺りについて考えてみたい。



おいしいお水が一番うまい論。



台風がくるとテンションが上がるおじさん論。



努力のベクトルだけは間違えないように。

7月のつぶやき4

セブイレブンで炭酸水を買う時(セブイレブンオリジナルの商品)、結構な割合で味付きを間違えて手に取る。
あの表記の仕方と陳列の仕方、改善すべきだと思うのです。
分かり難すぎる。
フタ開けて一口目がグレープフルーツ味だったあの虚無感ったらない。
どれくらい分かり難いのかというと(見た目ね)。
欧米人が、中国人、韓国人、日本人を判別するくらいの難易度。
血糖値を下げるタイプの上が青いラベリングのやつだけは何とか判別できる。
上記で例えればタイ人。
急いでいる時に、「選択を迷う」ことのストレスが一つ。
飲んだ時に「味付き」だったことのストレスが一つ。
「炭酸水と言えばウィルキンソン」という牧歌的な時代が懐かしい。
(僕には全く分からないけど)味付き炭酸水の需要ってあるのかなぁ。
レモン味のシュワシュワしたやつを飲みたい時はレモンスカッシュを手に取るんじゃないのかな(僕には全く分からないけど)。
味付きは甘くもないし、後味にこれといった清涼感があるわけでもない。
喉の潤いと体温を下げることが求めるなら、スタンダードな炭酸水を選ぶんじゃないだろうか(僕には分からないけど)。
炭酸水は口内の感覚的刺激により、自律神経に働きかけ、末梢神経に影響を与えます。
そのため体温を下げると言われているんですよね。
にしても、セブイレブンのわらび餅は衝撃だった。
きなこ、抹茶に続き、黒蜜のつるりんわらび。
100円台で食べることのできるわらび餅の中で圧倒的。
二番手に大きく差を広げている。



今年はわらび餅元年。
わらび餅界全体に価格に対するクオリティの底上げが起こるだろう。
歴史的瞬間と立ち会った。
と言いながらも、内容量を考えるとそこまで安くはないのか。
たしか5〜6個くらい。
でもね、あれくらいの量で丁度良いんですよ。
味覚と腹に甘みを与えるという点では。
わらび餅は腹を満たすための食べ物ではないですからね。

何だか大人のおやつってな感じです。



昨日のお茶のお稽古。
茶室の畳には貴人畳というものがあって。
ここは上座で、主客、または位の高い人(大名様とか)しか座れない場所。
見た目はどの畳とも同じなのに。
周りの共通認識によって同じ畳も尊い場所となる。
茶道っておもしろいとつくづく思った。
こんな言い方したら怒られるかもしれないけど、大人の「ごっこ遊び」のような。
茶室に入ると意外にもチームプレーが重要で、亭主と正客を中心に皆で空気を作っていく。
そうすると共通認識が大切になり。
「ない」ものでも「ある」になるし、「ある」ものも「ない」となる。
様式や決まった所作に身を落とすことで、空間に対する敬意と振舞いの美しさが洗練されていくのだと思います。
誠心誠意取り掛かることで一つ一つの所作に鋭気を帯び、密度の濃い空間が構築されていく。
偉大なる大人の「ごっこ遊び」。



チャンスというものは掴まなきゃなりません。



稲田防衛大臣辞任。
今井絵理子議員不倫。
冒頭からテクニカルなライミング。

伊藤さんにホウレンソウ(報告連絡相談)がどうだとか言っている間に、蓮舫代表辞任。
様々なことが起きた一週間。

今日はそれらの話は一切しません。

〜本日放送プライマルラジオ・オープニングより〜
全然テクニカルじゃないですが(笑)



話の頭に掲げる

「誤解を恐れずに言うと」

という前置きの保険感。
好戦的を装いながらも先手で守りに入る僕たち大人。



いつの時代も話題は恋について。
みんな(僕も含め)生命だなぁって思う。



茉莉花と書いてジャスミンと読めるということをたった今知りました。



ノーリターンは長期的に見るとハイリスクのような気がする。
失敗も成功も財産になる、と最近思う。

7月のつぶやき3

聞いて、読んで、書いて、喋って。
これがずーっと。



イベントなどに足を運んだ時。
みんな盛り上がってるのに、1人頭の中で粗利計算してしまう。
わたしはなんて醜いのでしょう!

アンデルセンの童話の中なら地獄の沼に沈んでしまったことでしょう。



たとえばSNSで傷付いたとしても、やめちゃえばそれ以上辛い思いしない。
アクセスしなくなれば、耳にも目にも入って来ないしね。
それくらいのスタンスでいればいいと思うのです。
みんな、思っているほど他者に興味ない。
いなくなったら「最近見ないな」くらいのもの。
それさえも感じない人がほとんど。
またやりたくなったら戻ればいいし、その時も「アイツ出戻りかよ」ってなこと思わない。
「あぁ久しぶりだな」くらいの感じ。
もっと言うとやめていたことさえ知らない。
だと思うのですね。
何かしらのことで傷付いたりしていると大変。
自分のことさえ対岸の火事を見るような落ち着きが出ればまた違った面白さを味わえると思います。
基本的に3ヶ月経ったら覚えてないです、ほとんど全てのことはwww



SNS映えするメイクや整形が流行る昨今ですからねwww
リアルの世界とSNSの中とどちらが本当の人格か分からなくなる(見た目も)。
中にはSNSの方にリアルを見出している人もいますものね。
でも、二つの世界を生きれるという意味では素晴らしいですww



ふと考えまたした。
僕からオファーをかけて取材させてもらった人の共通点を 。
皆、奥さん(もしくは旦那さん)と家族を大切にしている。
(家族以外にはわりとドライだったりするのですがwww)
デカダンスの魅力というのもきっとあるのだと思いますが(研究者や芸術家)。
でもやっぱり愛の深さにどうも惹かれる。
取材させてもらうまで奥さん(旦那さん)や家族を大切にしているっていうのは知らないんです。
「取材したい!」という衝動からアポをとり、色々話を聴くと(雑談の中などで)愛が深かったりする。
世間を眺めても、そういう人って稀だし、その中でもクリエイティブな仕事に携わる方はより一層限られるのにも関わらず。
何かの力で、そういう人と出会わせて頂いているような気持ちになる。



急激なスキルアップを求められる仕事の話が舞い込んだ。
チャンスってきっと、こういうことなんだろう。



「売れてない俺が好きなんだろ」問題というのがあります。

応援していると見せかけて、大切な時に足を引っ張ったり、よく分からない理由でこちらの考えに理解を示してくれなかったり。
どこの世界にも必ずある。
これについては、またどこかで書こうと思います。



それよりも、ねぇ、松本幸四郎が今年はアマデウスの舞台を再演してくれるって!?

これは確実にチケット取らなきゃいかんです。
僕が生きている間に、幸四郎の生のサリエリをこの目で見なきゃいかんです。