知多蒸溜所の見学に行ってきた

知多蒸溜所へ行ってきました。

知多12



青い空、白い雲、咲き始めた桜が風に揺れる。

こんな日はウィスキーのハイボールでも飲みながら、花見といきたいところです。
本日、NBA(日本バーテンダー協会)の大阪北支部のメンバーでサングレインの知多蒸溜所へ見学に行かせて頂きました。



【知多ってどこ?】

ココ1


って言っても分からないですよね。


知多とは

伊勢湾に面する知多半島のことであり、


ココ2


愛知県の知多市にあります。

名古屋から電車でおよそ30分で、最寄りの駅(朝倉)に到着します。
そこからタクシーで10分。



蒸溜所は海のすぐそば。



知多2


門をくぐり抜けた途端、コーンの芳ばしい香りが広がります。





まるでポン菓子のように心地良く軽やかな匂い。





というのも、サントリーウィスキー知多は日本では珍しいグレーンウィスキー


グレーンウィスキーとはトウモロコシなどの穀物を主原料とし、連続式蒸溜機で蒸溜されたウィスキーのこと。

トウモロコシ


●特徴としてはクセがなく、スッキリとした味わい。

●主に、ブレンドする際、モルトウィスキーの個性を引き出す役割として、味わいのベースをつくることに利用されます。





まずは、映像と共にセミナーを受けました。

知多1


ブレンデッドウィスキーを構成する上で必要なのが


・個性・特徴を引き出すキーモルト
・香味の中核となるモルト
・そしてそれらの土台となる、モルトの個性を引き出すためのグレーン


これらがピラミッドのように(個性の強いものは少量、下へ行くほど割合は多く)ブレンドされ、調和します。
モルトとは大麦麦芽を原料としたもので、味わいは風味豊かで個性的)
サントリーの商品で知多のグレーンで構成されているブレンデッドウィスキーは響・角・サントリーオールド





サントリーのグレーンウィスキーのつくりわけは、知多白州、2カ所の蒸溜所で行われています。


【製法】

知多・・・ヘビー・ミディアム・クリーンの3タイプをつくり違いを
白州・・・とうもろこし・小麦・ライ麦などの複数の原料によりタイプをわけます

また樽の材質によっても性格に違いを出させます。
例えば、

ホワイトオークスパニッシュオーク、またはワイン樽シェリー樽によって熟成させます。



【知多蒸溜所でのグレーンウィスキーは3タイプ】

●2塔式(醪塔・清溜塔)・・・【ヘビータイプ】穀物の香り立ちが豊か、鰹節のよう。

●3塔式(醪塔・抽出塔・精溜塔)【ミディアムタイプ】マイルドで、穀物の香りとバランスの良さ。

●4塔式(醪塔・抽出塔・精溜塔・精製塔)【クリーンタイプ】ピュアでクリーン、ほのかな甘さ。



知多3

こんな模型を使って説明してくれます。




さぁ、それではさっそく連続式蒸溜機を見に外へ


これがなかなか生で見れる機会がないのですよ。
この知多蒸溜所も一般の人は見学できなかったりしますし。


単式蒸溜器ならば見る機会もあるとは思うのですが。

ポットスチル
こんなやつです。



連続式蒸溜機は何せ、大きいですからね。





どのくらい大きいのかというと・・・

知多8





ん?



分からない?





知多9



向かいの建物の屋上(4階)から撮った写真です。





この大きな筒の中を醪汁が通るわけです。
下からは水蒸気が上がり、沸点の差によってアルコールが抽出されるわけです。
近くまでくると、軽やかなコーンの香り、甘い醪の香り、そして発酵液の酸っぱい匂いが混ぜ合わさって複雑かつ強烈な芳香で満ちています。



先ほどの模型の実物、大きさはシンゴジラ子どもの時くらい。

シンゴジラ





因みに単式蒸溜器のキは「器」で連続式蒸溜機のキは「機」なのは、決して書き間違いではなく、見たままの通り「うつわ」なのか「機械」なのかっていうところで表記が異なるのですよ。








筒の中はですね、こんな感じになっています。

知多7

使い古されたものが、展示されていました。

知多5

このように、節ごとに分けることができるようで。

知多6

アップにするとこんな感じです。

オーブンの鉄板にのっている、このキノコのような、ボタンのようなものはバブルキャップといい、これを介して塔内を上昇するアルコールガスと液が接触反応して、上へ行くにつれガスの温度が徐々に高くなるという仕組み。
因みに、これは銅製です。
銅には不快な香りや雑味を取り除く力があるのですよ。




面白いですよね。
これが空高くまで聳え立っている。

それが4塔式の醪塔・抽出塔・精溜塔・精製塔まであるのですから。










そして、見学を終えるとテイスティングタイム

知多11



今回はクリーンタイプ・ヘビータイプ・ワイン樽熟成タイプの原酒を特別にテイスティングさせて頂きました。

中央のグラスはそれらの原酒をブレンドした知多ウィスキーです。





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ウィスキー3

カナダの本格的なウィスキーつくりは、アメリカの独立戦争後、移籍した王党派(独立反対派)の人々によってケベックやモントリオールを中心とする地域で広がった。
アメリカの禁酒法時代にはカナダから大量のウィスキーが密輸され、その量は年間で4万klにも上がったという。

日本にウィスキーが伝えられたのは1853年、アメリカのペリーが黒船を率いて浦賀に来航した時だ。
明治時代に入ると薬種問屋がウィスキーの輸入をはじめたが一部の人々に飲まれただけで、庶民には遠い存在であった。
本格的なウィスキー作りは1923年、寿屋(現サントリー)の鳥井信次郎が京都郊外の山崎に蒸留所を建設したところからはじまる。
鳥井はスコットランドでウィスキーの製法を学んだ初めての日本人である竹鶴政孝を技師として招き、国産ウィスキーの開発に精力をかけた。
6年後の1929年、山崎蒸留所で熟成したジャパニーズ・ウィスキー第1号の製品が発売される。
以後、大日本果汁(ニッカ。現アサヒビール)、東洋醸造(現アサヒビール)、オーシャン(現キリンビール)、キリン・シーグラムなどの多数の企業がウィスキー事業に参入した。

現在の世界の主要なウィスキー産地は、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本の5ヵ国である。
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ウィスキー2

アメリカでのウィスキー作りは18世紀に入ってからはじまった。

蒸留酒自体は作られていたのだが、果実を原料としたブランデーや糖蜜を原料としたラムが主体であった。
アメリカのラムづくりは奴隷貿易を軸にした悪名高い三角貿易に支えられていた。
サトウキビ栽培の盛んな西インド諸島へ奴隷を売り、糖蜜を輸入する。
アメリカで蒸留したラムをヨーロッパで売り、その利益でアフリカで奴隷を買うのだ。
1808年の奴隷取引廃止令が施行され、ラムの製造は急速に衰退した。
その代わりに穀物を原料としたスピリッツがペンシルバニアなどで生産されるようになった。
これがウィスキーである。
当時は農家の余った穀物の処理として小さな単式蒸留器により小規模で行われていた。

1791年、独立戦争後の経済再建のため、政府は蒸留酒に課税する法律を公布したが、これに農民たちが激しく反発し「ウィスキー暴動(1794年)などが起きる。
この時に多くの農民が西部へ移り、ケンタッキー、インディアナ、テネシーなどへ新天地を求めた。
農民たちはこの地に適した穀物であるトウモロコシを原料にウィスキーを作りはじめるのである。

現在、アメリカを代表するウィスキーとして知られるバーボンは、18世紀の末にケンタッキー州のバーボン郡で誕生した。
この地で最初にバーボンをつくった人物としてエヴァン・ウィリアムスや牧師のエリア・グレイグなどがいる。

アメリカの種類生産は1920年から13年続いた禁酒法により、表面的には廃止されたが、一部の人々はバーボンやコーンウィスキーを密造した。
彼らは月灯りの下で蒸留したのでムーン・シャイナーと呼ばれ、密造ウィスキーはムーン・シャイン、あるいはマウンテン・デュ―(山の露)と呼ばれた。
禁酒法はほとんど効果がなかったばかりか、密売、闇酒場の横行で飲酒人口を増やす結果となった。
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ウィスキー

ウィスキーの原料は主に大麦、ライ麦、トウモロコシなどの穀物であり、それを糖化→発酵→蒸留させ、樽の中で熟成させて作られる。

ウィスキーの語源はゲール語のウシュク・ベーハー(生命の水)、またはラテン語のアクアヴィタエ(生命の水)からきている。
ブランデーやその他のスピリッツと同様に錬金術との深い関りを持つ。
このUisgebeatha(ウシュク・ベーハー)からUsquebaugh(アスキボー、またはウスケボー)に変化し、さらにUsky(ウスキー)と呼ばれるようになり、現在のウィスキーとなった。
アメリカではWhiskeyと表記され、イギリスやカナダではWhiskyと表記されている。

ウィスキーがいつ頃作られたのかは定かではないが、スコッチ・ウィスキーの生産者団体であるスコッチ・ウィスキー協会(エジンバラに本部)では1494年を「ウィスキー誕生の年としている。

15世紀末のウィスキーはまだ蒸留しただけの無色透明な荒い風味のスピリッツであり、現在のような琥珀色をした香味豊かな酒ではなかった。
ウィスキーの貯蔵・熟成がいつ頃から行われるようになったのかは、密造と深い関りがある。
1707年のイングランドによるスコットランド併合により大ブリテン王国が成立して以来、麦芽税が課税された。
さらに500ガロン以下の小型蒸留器の禁止など、スコットランドのウィスキー業者に不利な施策が相次いで定められた。
この時、スコットランドのローランド地方に本拠を置いた規模の大きい蒸留業者は、大麦麦芽以外の穀物を原料として取り入れ、麦芽の使用を減らすことで対抗した。
ハイランドの数少ない蒸留者たちは深い山や谷に隠れ、密造をはじめた。
彼らは作業のしやすい点から大麦麦芽を使用し、麦芽の乾燥には従来の天日干しではなく、人目のつかない屋内でハイランド山中の広漠なピート(泥炭)を燃やして乾燥した。
蒸留したウィスキーをシェリー酒の空樽に詰めて隠し、徴税から逃れようとしたのだ。
この結果によりハイランドのウィスキーはピートのスモーキー・フレーバー豊かな琥珀色の、口当たりの柔らかいスピリッツとなった。よばれ
税金から逃れることにより、樽熟成の効果を人々は知ったのである。
まさに人間万事塞翁が馬。
-が+へ転化する一つの例である。

ジョージ・スミスは1823年、密造根絶のため小規模蒸留を認めたウィスキー法の施行により、免許取得の第一号となったザ・グレンリベット蒸留所の創業者である。
この年以降、ハイランドの山奥で密造業者たちは相次いで表舞台に登場することとなる。
彼らはイングランド政府に抵抗した誇り高き密造者という意味でスマグラーと呼ばれていた。

一方、ローランドの大規模蒸留所では蒸留の効率化を進めていたが、1826年に蒸留業者のロバート・スタインが連続式蒸留機を発明する。
1831年にはアイルランド、ダブリンで徴税吏をしていたイーニアス・コフィがより効率の良い連続式蒸留機を発明し、さらに特許まで取得した。
なのでこの連続式蒸留機の名は「コフィ・スチル」または「パテント(特許)・スチル」と呼ばれる。
これによりトウモロコシや小麦などの麦芽以外の穀物を原料としたグレーン・ウィスキーが量産されるようになった。

1853年、日本におけるペリー来航と同じ年、エジンバラの酒商だったアンドリュー・アッシャーがモルト・ウィスキーとグレーン・ウィスキーをブレンドしたブレンデッド・ウィスキーを発売する。
モルトの豊かな香味とグレーンのすっきりとした飲みやすさを併せ持った新たなスタイルは人気を博した。

1880年に入り、ブドウ畑に壊滅的な被害を与えたフィロキセラ(害虫)により、フランスのワインやブランデーは激減する。
このことがブレンデッド・ウィスキーに有利に働いた。
コニャックなどのブランデーを飲んでいた上流階級の者は、それに代わる熟成ブラウン・スピリッツを探し求め、ウィスキーを飲み始めたのだ。
やがてジンなどを飲んでいた庶民の層にもウィスキーは浸透していく。
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熟成について

酒についてのあれこれ

作られた酒(醸造酒、蒸留酒)は一定期間、貯蔵・熟成する。主に香味を安定するためだ。
ウィスキーやブランデーのように樽で長期熟成することも。
アルコールや水の分子が熟成中に結合したり、樽の成分が酒に影響を与えることにより、品質が上がる。

熟成中、水の分子とアルコールの分子がくっつき、大きな分子の塊となることを分子結合と呼ぶ。
これが起こるとアルコールの刺激を強く感じなくなり、なめらかな香味になる。
あらゆる酒に当てはまる熟成効果だが特にジン、ウォッカ、ラムなどのホワイトスピリッツに重要な現象である。

ウィスキーは最も樽材の影響を受けやすいとされる60度で貯蔵する。
貯蔵中のウィスキーの99%はアルコールと水(40%近くが水)で、残り1%の微量成分が熟成に大きな役割を果たしている。

熟成の役割。
①酵素がウィスキー中の微量成分を酸化させ、芳香成分に変える
②樽材の成分(主にタンニン)が溶け出し、ウィスキーを琥珀色に、さらにバニラのような芳香を生成
③微量成分同士が反応し、香味成分へ変化
④アルコールが酸化し、アルデヒドを生成、さらに花の香りであるアセタールへ変化
⑤貯蔵中、ウィスキーは年に2%程の割合で蒸発し、香味成分が濃縮される(天使の分け前)
熟成とは分子結合を含めたこれらの変化の総合的な現象のこと。

自然の営みと時間の営みだけが酒の熟成を可能にする。
人為的に香味成分を加えても本来の熟成効果は得られないのだ。
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