CafeBarDonna vol.5

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「何で今まで知らなかったんだろう?」


そんな驚きを味わいながら、その人物についての過去のアーカイブをひたすら掘り起こしてしまう、という体験があります。
私にとっては落語家の立川談志もそうだし、サキソフォン奏者の菊地成孔氏もそう。
それらの衝動に突き動かされる体験は「至高の喜び」です。



そして、最近私がハマっているのが落合陽一氏です。

「まさか自分よりも年齢が下の人に夢中になるなんて」

今まで考えたこともありませんでしたが、実際に起きてみると自分が年を重ねたことを実感します。




隙間の時間を利用しながら貪るように彼の書籍や過去の記事を読んだり、動画に目を通したりしているのですが、その度に胸がドキドキします。
今までモヤモヤしていた何かを吹き飛ばしてくれる爽快感。
そこには私が既存のルール(仕組み)に対して感じていた違和感を見事に言語化し、さらにはその道標になる風景が描かれていて。
たまらず感動してしまいます。




今回オススメの本がそんな落合氏の『魔法の世紀』。
〝現代の魔法使い〟の異名を持つ彼ですが、実際にはメディアアーティストという肩書です(その他、博士/筑波大学助教など多数)。


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ではまず、「メディアアーティストって一体何?」という話からしますね。
メディアアーティストとは、既存のメディア(媒体)とは異なるメディア(ニューメディア)をクリエイトする職業です。
つまり、伝統的な彫刻や絵画から近代的な電気通信におけるデジタル形式のものまでを既存のメディアとし、そこからさらに新しい現象を作ってしまうこと。
例えば、宙に立体的な光(像)を浮かばせて、それを動かしたり。
この辺りが〝魔法使い〟の所以なのでしょうが、テクノロジーの進化を新しい「メディア」という場に落とし込む人なんですね。
私たちが今目にしているのは、実はテクノロジーの進化の途上で(それはどこまで行っても途上なのだけれど)。
でも、たいていは「今の形態が全てだ」って思っていたりしますよね。
それはスマートフォンなんかにしてもそうなのだけれど、まだまだ形態が進化していくでしょうが、今のところ「完成形」というイメージがありますよね。
分かり易くいうと、例えばテーブルって面があって、支えになる脚が数本あって(基本的には4本)……という感じが「テーブル」の最終形態だって思ってますよね。
それをテクノロジーの力で根本から変える。
例えば、重力を取り除き、テーブルの脚を除去してしまう。
そうなると、テーブル自体のデザインが変わり、そこに付随するクリエイティビティがまた新しく後追いするように生まれてくる。



実は今、私たちが「すごい!すごい!」って言っているテクノロジーっていうのはまだまだ進化の途中なんです。
つまりはオタマジャクシとカエルの間の奇妙な状態。
(尻尾はあるのに、ちょこんちょこんと手足が出ている)
落合氏は、そんな私たちに「未来に訪れるカエルの姿」を見せてくれるんです。



こういった規範となる枠組みのことをパラダイムと呼びます。
そのパラダイムが劇的に変化(変態)することをパラダイムシフトと呼びます。
例えば、「文字を洞窟の壁に書いていたのが、紙に書くようになった」というのもパラダイムシフトです。



カクテルにも複数のパラダイムが過去にはありました(ここからお酒の話に移ります)。
ビールやワインなどの醸造酒からウィスキーやブランデーなどの蒸留酒が作られるようになったこともこともパラダイムシフトのうちの一つですが、何より大きなパラダイムシフトは「産業革命」ではないでしょうか。



産業革命が、世界に大きな影響を与えたことは周知の事実です。
それはお酒の世界にも例には漏れず。
産業革命は18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業の変革のことを呼びますが、ざっくり説明すれば「人類にとってはじめての工業化」と言うことができます。
これによって均一の質のものが大量生産可能になりました。



そのことにより、良質のジンやウォッカなどのスピリッツ(蒸留酒)が安価で手に入るようになります。
この「低コストで手に入る」というところが重要で、そうなると「どこでオリジナリティを見せるのか」という問題が出てくるのです。
これはファッションでも音楽でも同じです。
皆が同じものにアクセスできるようになった時に何が起こるか。



今までスペシャリスト(職人)の間でしか作られなかったものが、一般人の発想で自由に創作されはじめます。
「多様性が生まれる」ということです。
「同じもの」からオリジナリティを生み出す。
そこには意識的にも、無意識的にも個性が浮き立ってきます。
例えば、「何かと混ぜ合わせたり=カクテル」



文章で例えましょう。
昔は「石壁」に文字を掘っていました。
持ち運びができない上にコストもかかる。
文字を書くための石は貴重で、掘る技術も特殊なものだったでしょうから、おそらく石壁に文字を書いていたのは職人でしょう。


次は「石壁」から「羊の皮」に文字を書くようになりました。
そのことにより起きた変化は、「持ち運び可能」ということ。
未だにコストは高いので、貴族や特別な役割を持った人間しか使用できなかったはずです。


それから「紙」が誕生しました。
このことにより、一気に文字を読み書きする能力(リテラシー)が上がり、文字は広がりました。
そして、職人以外の役割を持つ人間が生まれました。
小説家です。
「記録する」から「娯楽を提供する」職業が現れた瞬間です。


続いて、「インターネット」の登場により一億総小説家の時代が到来したと言えます。
今まで本を出版するにはいくらかの資金が必要でした。
お金を持っているか、才能に投資してくれる人物が必要だった。
しかし、インターネットの普及により、誰でも通信料のみで「物語」を発信できます。
ブログやSNSなどがそうです。
携帯小説作家やブロガーというスペシャリスト(本来の枠組みとしての作家)からズレた職業が誕生したのです。




(このことから、「低コストで誰もがアクセスできる」という意味合いにおいて、ファミリーレストランの「ドリンクバー」が意外にもカクテルのパラダイムに刺激を与えたのではないか、ということも思ったりします)
パラダイムの変化によって新たな文化が生まれます。
音楽の場合、ホールや空き地で演奏されていたのがレコードというパッケージされた製品が登場し、わざわざ「そこ」に行かなくても聴けるようになりました。
これは単に「レコードの登場」という話だけではなく、ジャケットにイラストやデザイン、写真などの様々なクリエイティビティ(他ジャンルのアート)が付加され、独自の文化を築いていくことに繋がりました。
文化全般はそういった、メインではなくサブに起こるクリエイティビティが実態だったりします。



それに加え、アメリカの禁酒法という制約もカクテルの歴史に大きな影響を与えました。
禁酒法とは1920年~33年までの期間に制定された法律です。
この間、アルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止されました。
全く嘘みたいな法律ですよね。
道徳的な意味合いからの禁酒を強制したのですが、そんなことは到底無理な話で、密造しギャングの資金源を肥やしてしまう結果となります。
この時に、公安にバレないようにジュースの中に蒸留酒を混ぜて飲んでいました。
つまり、結果的に「カクテル」のヴァリエーションを増やすことになったのです。
それに加え、アメリカにいた優秀なバーテンダーが職を失い、ヨーロッパへ逃げたんですよね。
そのことにより世界中でカクテル文化の底上げに繋がりました。
皮肉にも、禁酒法がカクテルの黄金時代を後押しする結果となったのです。



私の注目するカクテルのパラダイムシフトは産業革命、そして拍車をかけたのが禁酒法。
産業革命によるコストの低下と、禁酒法という制約によるヴァリエーションの広がり。
誰もがアクセスしやすくなってはじめて大きな変化が起こります。
また、制約の設けられた中で、(逆説的ですが)人は自由な発想を手に入れることができるのです。



『福井モデル』という本(幸福度ランキング上位の北陸三県の地域活動について書かれたもの)の中で、特定のコミュニティに大きな変化をもたらすのは3つの「者」がある、と書かれていました。

それは「若者・よそ者・馬鹿者」。

つまり、その枠組みの中にいるだけではパラダイムシフトは起こせない。
外からの視点を持った者にしか本当の改革は起こせないんだ、っていうことです。


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Barで楽しむお酒なんていうのは嗜好品も嗜好品。
生活を送る上で正直要らないものですよね。
酒が飲みたければ、酒屋と言わずコンビニにでも売っているのですから。
Barでのお酒は付加価値の塊みたいなものです。



テクノロジーの進化により、人工知能の発達が注目されている昨今。
私は意外にも、バーテンダーはAIには代用できないものだと思っています。
その理由はBarは「場」を提供するものだから。
美味しいカクテルを作るだけならAIでもできるでしょう(ことによると、AIの方が優れているかもしれません)。
しかし、そこで生まれる会話、沈黙、空気、というものはバーテンダーにしか生み出せないものなのです。
アートと同じですよね。
論理を超えた「アート」、それは人間にしか成し得ません。
心の揺らぎが影響するものはAIにはなかなか表現できません。
そういった意味で、バーテンダーは人間性が試される(それは心のぬくもりや空気感)重要な職業だと私は思います。



《写真は石垣島の夕日です》

CafeBarDonna vol.4

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「並べるだけで自然と動き出すイメージ」

お酒も本も別々で見れば、ただそれだけなのですが、二つ並べることによって人は勝手に関連性を見出すものです。
その辺りが「非常にクリエイティブだなぁ」と思い、『プライマルラジオ』放送時から『本日のカクテル』というコーナーでやりはじめたのが最初。
まるでシェーカーの中で酒と酒が混じり合うカクテルのように、本とお酒が脳内で混じり合って新しい味わいになる。
いつかそんな「マリアージュ本」を出したいです。


今回、紹介する本はこちら。


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『増田のブログ』

すばらしい一冊と出会いました。
これはぜひ、お手に取っていただきたい本です。

TSUTAYAの社長、増田宗昭さんの著書。
増田さんが書いてきた2007年から2017年までの10年間の社内ブログ(社員だけ見ることができるブログ)をまとめたもの。
単に本で読んだ知識や誰かに聞いた話を文章にしたのではなく、増田さん本人の経験から紡がれる言葉たち。
流れ落ちた汗が結晶となり、珠玉の輝きを放ちます。
やさしく、力強く、そしてぬくもりに満ちています。

「経営の本質は、失敗の許容」

増田さんはこの言葉を大切にしています。
失敗の中にしか成功はなく、その失敗を許容する器を経営者は持たなければ会社の成長はないということです。
できることばかりやっている人というのは年を重ねても同じところに留まっています。
でも、できないことにチャレンジした人というのは時間が経つとその分成長している。
人の成長は、できないことにチャレンジする覚悟の大きさに比例する、と。


「失敗」がただそれだけで終わる、ということはありません。
たとえ財務的には失敗しても、経験や人脈といった財産は残るわけですよね。
増田さんは、こういった財産も成長の一つだと語ります。
これはまさに、マッサージとスポーツストレッチの違いであると私は思います。
マッサージは揉まれてただ体が心地良いだけ。
でも、ストレッチは痛みを伴う心地良さです。
しかし、その痛みがなければ可動域は広がりません。
つまり、ただマッサージをするだけでは身体性は飛躍しないのです。
今できないことをすることにしか能力は顕在化しない。
つまり、未来を包括した行動(今はできないこと)でなければ成長はないのですね。
増田さんはこう語ります。

「成功には失敗という踏み台がいつもある。
反対に成功体験は踏み台にはならない」


その理念が頭にあり、力強いチームをつくっていきます。
少数精鋭の組織です。
つまり「考える少数集団」。

考える集団100人と、考えない集団1000人が戦った場合、どちらが強いでしょうか?
増田さんは一人一人に「考える力」を求めました。


ただ「考えろ」というのではなく、「考えなければならない」環境に身を置かせたのです。
実践的に自分で決めることの重要性を伝えました。

「やりたい」と思ったことを存分にやらせる環境づくり
そこにはまさに「失敗の許容」が試されるのですが、「好きで、一緒で、楽しんで」という言葉の裏に隠された「人のせいにしない、自ら考え、自らチャレンジする」という前提や美学を大切にしました。
「楽しいこと」の裏側には責任があります。
それを決断(実行)することで、自らにリスクを負わせる。
リスクを負ってはじめて人は能動的に「考える」のです。


実にすばらしい本でした。
あらゆるリーダー、クリエイター、アーティストにおすすめの一冊です。



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『オレンジとチョコレートのカクテル』

2月ですのでもうすぐバレンタイン。
オレンジの果肉とチョコレート、それを生クリームとグランマルニエを加え、フローズンに。
グランマルニエというのはオレンジの果皮をスピリッツ(蒸留酒)に浸し、蒸留したあとにブランデーを加えてオーク樽で熟成させたもの。
上品なオレンジの香り、ほんのり甘く、豊かな味わい。
ケーキなどにも使用されていますのでご存知の方も多いのではないでしょうか。


※もう一枚の写真は本願寺の大銀杏です

CafeBarDonna vol.3

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「愛するということ」

愛というのは、あらゆる生き物における永遠のテーマです。
私は普段から数多くの方とお話をさせて頂く機会が多いのですが、話題の本質が〈いつの間にか「愛」になる〉ということは少なくありません。
Barにおけるお客様との会話の中で、文章やラジオの仕事でのインタビューの中で、街場での環境音として(カフェやレストランなど)。
そして文学や音楽、絵画、映画などの芸術もまた「愛」を主題とした作品が多いのは周知の事実です。
誰もが「愛」を崇拝し、または「愛」に熱を上げ、「愛」について語り合っている。


巧みに「愛」を成熟させている方もいらっしゃいますが、その一方で「愛」を渇望するあまり自分を見失ってしまう方がいるというのも事実です。
「なぜ自分は愛されないのか」という想いが、怨念のように留まり、心を苦しめているといった状況です。
これは、非常に難しい問題です。
何故ならば、それは一生をかけて学んでいくものだから。
ただ、便利なことに、本の中にはそのヒントはあります。


「愛は技術だ」と言った人物がいます。

エーリッヒ・フロムというドイツ人の精神分析の研究者です。
彼は1956年に『愛するということ』という書籍を出版しました。

原題は『The Art Of Loving 』

つまり「愛の技術」と訳されます。
Artは「芸術」や「美術」として捉えることが一般的ですが、もともとは「技術」という意味があります。


フロムがこの書の中で伝えていることは、「愛というのは心の技術であり、修練によって上達する能力なのだ」ということです。
つまり、「愛」は人間が生まれつき持った能力ではなく、お稽古することで少しずつ身につけていくものなのですよ、ということです。


この世に生まれた時、人間は母親から無条件の愛を受けます。
この地点では「ただ、生きだけいればそれでいい」という状態です。
赤ん坊の万能感というのは「愛を贈る」ことではなく、「愛を受ける」ことに由来しています。
少しずつ自我が芽生え、次第に「ただ愛される」という存在から、「何かを愛する」という存在に成長していきます。

愛を受ける存在から、愛を贈る存在になるにつれ、万能感は薄れていきます。
それは「自分一人では生きていくことができない」ということへの気付きです。


「どうしてワタシのことを愛してくれないの!」
という嘆きは誰しもがよく耳にするのではないでしょうか?
愛されたい欲求がそこにはあります。


その問題について、フロムが語る要約はこのようなものです。
たいていの人は「愛の問題」について、「愛する能力」の問題としてではなく、「愛される能力」の問題として捉えています。
つまりですね、「自分を愛してくれる人がいない」と嘆いているのは、「自分が誰かを(何かを)愛する技術を持っていない」ことに起因する、ということです。
「愛」は受動的なものではなく、きわめて能動的なものなのです。


それでは「愛する技術」はどのようにして磨かれていくのでしょうか。

この問題に対して、「自分の生命を与えることが重要だ」とフロムは結論しています。
「愛する」というのは金銭的な何か、または物質的な何かを与えるのではなく(時にはそれも必要だとは思いますが)、「生命を与える」ということ。
この場合における生命とは「己の喜びであり、興味であり、理解であり、知識・ユーモアであり、あるいは悲しみ」のことです。
つまり、自分の中に息づいているものを相手と共有することこそ「愛の修練」なのですね。


これは密接なコミュニケーションを必要とします。
フロムの語る「愛の技術」は確かに、人間性を豊かにするものです。
自分本位では成立しません。
また「愛すること」の練習の過程で、新たな自分を発見することも少なくありません。
自分が何に喜び、何に悲しみ、何に情動を突き動かされるのか。
それらを客観的に見直すチャンスでもあります。


皆様もぜひ、「愛するということ」をお手に取って、実践してみて下さい。
時に読書は自分自身を助けてくれる重要な役割を果たします。



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さて、ここでようやくカクテルの話に入りましょう。
今回は『ディサローノ・アマレット』というリキュールについて紹介します。

その琥珀色の美しいリキュールにはロマンティックな恋物語が存在します。

16世紀初頭、イタリア・サローノ村の丘にサンタマリア寺院がありました。
そこの壁画を描くことを任されたルイーニという名の画家は、滞在先の宿屋でなんとも美しい女性と出会いました。
ルイーニはその女性をモデルに聖母マリアを描き上げます。

女性はその絵を見て大喜び。
お礼にアンズの種の核を漬け込んだリキュールをつくり、ルイーニにプレゼントしました。
そしてそのお酒は「ディサローノ・アマレット」、つまり「サローノ村のアマレット」と呼ばれ、世界中に広まったのです。


アーモンドのようなほのかな甘い香りのするアマレットは「愛のリキュール」とも呼ばれています。


今回のエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読みながら、アマレットとのマリアージュを楽しむというのもオツですね。



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写真のカクテルは『イチゴとグレープフルーツのカクテル』
ベリー系のリキュールと隠し味にアマレットが。
イチゴの酸味とグレープフルーツの酸味は相性がよく、リキュールの甘みを絶妙に引き出します。
ビタミンCたっぷりでお肌もスベスベに。
どうぞお召し上がりください。

※イチゴが手に入った時のみオーダー可能

CafeBarDonna vol.2

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最近よく考えることがあります。

「頭が良いって何だろう?」

問いかけに対してすぐに答えを出す。
それは一見、聡明な印象を与えます。
機転が利くというか、頭脳明晰というか。
だけど、「じっくり、ゆっくり、ローギアで考える」というのも重要なのではないか、と思うようになりました。


「頭の回転が速いこと」=「頭が良い」というのは分かり易い図式ですが、必ずしもその答えが良い結果をもたらすとは言い切れません。
考える速度は遅いけれど、思考の範囲が深い方が、時にすばらしい答えを導き出すこともあるのです。
このネット社会、情報の洪水の中、SNSやLINEなどのコミュニケーションツールにおいて迅速な言葉(発信や回答)を誰もが求められています。
「答えた」途端、間髪入れずに次なる情報や問いかけが波のように押し寄せて、思考が移っていく。
サーフィンのように華麗に波に乗っているようですが、もしかすると思考において、それはショートケーキのホイップの部分しか味わっていないのかもしれません。
スポンジまで味わった上で、そのケーキに対する感想(答え)を出す。
そんな胆力、我慢強さもまた人生に奥行きを出すためには必要な力なのかもしれませんね。


僕の好きな言葉で、

「私はそれほど賢くはありません
ただ、人よりも長く問題と向き合っただけです」


というものがあります。


これは、かの天才物理学者アルバート・アインシュタインの言葉です。
彼が天才であるということは紛れもない事実ですが、その才能の秘密は次々と押し寄せる問題に目移りせず、ローギアでじっくりと一つの問題と向き合ってきたところにあるのかもしれません。



さて、今回紹介させて頂くお酒はジンについて。

ジンというとご存知ですか?

無色透明な蒸留酒。
ジントニックやマティーニなどのカクテルで使用されます。
このジンというお酒は「オランダで生まれ、イギリスで洗練され、アメリカで栄光を与えられた」と言われています。
もともとは熱病に効く薬(利尿剤)として作られました。
穀類(大麦・ライ麦・ジャガイモなど)を原料とし、ジュニパーベリーの上に流すことにより香りづけがされました。
ジュニパーベリーというのはセイヨウネズ(ヒノキ系の球果)ですね。
ヒノキを思い出してもらえれば、鼻に抜けるような爽やかな香りをイメージしやすいのではないでしょうか。


写真のジンはボンベイ・サファイヤといいます。
その名の通り、サファイヤ色の美しいボトルです。
ボンベイというのはインドの都市名ですね。

インドって昔、イギリスの植民地だったんです。
そこで人気を博したからこの名がついたといいます。
(この手の話題になると耳を塞ぎたくなる〈この場合目を塞ぐ〉方がいるのも分かります)

「そもそもオランダからなぜイギリスへ?」
ということなのですが、当時のオランダの国王オレンジ公ウィリアムがイギリスの国王にも就任してしまったんですね。
つまりオランダとイギリス両国の王様になった。
17世紀末のことです。
この王様がとにかくジンが好きだった。
イギリスでもオランダ同様にジンの製造をはじめ、国中に普及させたんです。
それが世界中に広がったきっかけは禁酒法時代のアメリカ。
ここでようやく「栄光を与えられた」のですが、それはまた別の機会に。


『ボンベイ・サファイヤ』

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世界各国から厳選された10種類のボタニカル(植物)を使用しています(一般的なジンでは4〜5種)。
ボトルの側面に描かれたイラストはそのボタニカルたち。
華やかな香りが印象的です。
ロックでももちろ美味しいですし、ジントニックでシュワシュワと爽快なのど越しと鼻に抜ける華やかな香りを楽しんでもらうこともオススメです。




『服をつくる』

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世界的に活躍するファッションデザイナー山本耀司氏の人生とその哲学について綴られています。

彼が芸術文化勲章である「コマンドゥール」をフランスから叙勲されたのは有名な話。
服はライフスタイルや生き方の提案でもあり、着る者の人生と大きく関わっています。
それは「食」と同じように文化として生活には切っても切れない関係です。

簡潔な文章の中に散りばめられた数々の思考のヒント。
「イシ・エ・マントゥノン」
日本語にすると「ここで、今」。
過去を振り返らずに、ここに起こる今に全てを注いだ男。


カクテルを飲みながら、その感性に触れてみてはどうでしょう?
生活の中に芸術を。
そして楽しみとしての酒を。


※トップの写真は東紀州の世界遺産『丹倉神社』の石段です。深い緑に惹かれました。

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こんにちは。

CafeBarDonnaでマスターをしています嶋津亮太と申します。
年々、お店に顔を出すことも少なくなり「何がマスターだ」ということも自分で思ったりするのですが、「マスター」という呼び名は呼ぶにも呼ばれるにも容易であるため、便宜上「マスター」という形で進めていきたいと思います(ニックネームくらいに考えていてください)。


さて、昨年からFacebookをはじめたわけですが、今まで自分のお店について言及することはありませんでした。
理由は私の仲間がみなさんにお知らせしてくれているということと、「店とは違う顔」というところにスポットを当てたいという気持ちがあってのことでした。
しかし、せっかく自分たちが生み、育ててきた店のことを伝えないというのも薄情というか、淋しいことだなぁと思い、今こうしてキーボードを叩いているわけでございます。
なので、2018年からは少しずつどのような店か紹介していこうと思います。


みなさん、すでにお気付きかもしれませんが、私の文章は長いです。
理由は「文章を書く」ということを本業としているところもあり、またその行為が好きなので、短くしようと思ってもふと気がつけば白紙が言葉で埋まっている状態になっています。
読むには若干の体力を必要とするかもしれませんが、読者の方に「何かしらの気付き」というものをお届けできれば(誠に恐縮ですが)と思います。


前置きが長くなりましたが、本題に入ります。
CafeBarDonnaは2009年12月12日に産声を上げました。
私と妻(朋子)とミツルくんの三人でスタートしたんですね。
当時はまだ私たちは結婚もしてませんでしたし、ミツルくんは学生だったし、店の雰囲気も今とは全然違ったように思います。
とっかかりは演劇ですが、「人前で何かを表現する(それによって喜んでいただく)」ということをテーマにお客さんに支えられながらめきめきと成長し、今では店舗(Moon Cafe)もスタッフも増え、新たな一歩を踏み出しています。


ざっくりとした説明ですが、一応知っておいたもらった方がいいなと思いましたので書くことにしました。
というのも「え?何でバーの人がイベントしているの?」とか「どうして飲食店がラジオ放送?」とか「役者で店を?君は何がしたいの?」とかよく尋ねられるのですね。
確かに今ではFMちゃおさんでラジオ番組をもたせてもらったりだとか、ドラマに出演させてもらったりだとか、イベントを企画・運営したりだとか色々とやっているのですが、それは店をオープンした頃から変わらない「人前で何かを表現する(それによって喜んでいただく)」というのが核にあるのですね。
そしてお店という形態こそが何より分かり易い場ということも一つです。
カクテルをその場で作り、味うことで楽しんでもらう。
ある意味、エンターテイメントではないでしょうか。


さてさて、CafeBarDonnaの棚には酒のボトルだけでなく本も並んでいます。
これは僕が物書きであるというのと、酒のボトルを目で楽しむように、本の背表紙を目で見て楽しんでいただきたいという想いからです。
ですので、この『CafeBarDonna』では酒や本について紹介しようと思います。
極端に言うと、店に来なくてもBarを楽しんでもらえる。
(実際にはお店に足を運んでいただくのが一番嬉しいのは言わずもがなですがwww)
『読むBar』のようなものです。


本日紹介するのは、『パーフェクト・マティーニ』という本と『柿のジントニック』です。※写真を掲載しています。

『パーフェクト・マティーニ』

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この本はバーテンダーの鈴木隆行さんの著書です。
美しい写真と、カクテルごとに紡がれる物語の数々。
言うなれば、カクテルの短編小説です。
美しい言葉、洗練された所作、そして鋭い洞察力。
読んでいるだけで飲みたくなるカクテル。
思わず唾を飲む音が聞こえます。
巻末には登場したカクテルのレシピが紹介されていて、それを見ながらバーテンダーにカクテルを注文するというのも素敵なきっかけですね。



『柿のジントニック』

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柿の旬は10月11月ですが、12月を超えてもおいしい富有柿はあります。
今は1月ですので、もうラストですね。
カクテルの基本としては、「同じ色は相性が良い」というものがあります。
こちらのカクテルはジンと柿、そしてオレンジを使用しています。
柿の甘みとオレンジの酸味が両方の良さを際立ててくれるんです。
ジン特有のジュニパーベリーの鼻に抜ける爽やかさをお楽しみください。
※このカクテルは柿が手に入った時だけオーダー可能です。

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このような感じで、本(物語)とカクテルのマリアージュでBar気分をお楽しみ頂けると嬉しいです。
写真は全て私が撮影したものです。
それらを見ながらお楽しみください。
(因みにもう一枚の写真はサムスン美術館で展示されているオブジェです)
次回からはよりコンパクトな文章をお届けしたいと思います。