インドへの旅、その1

これは僕が22歳の頃、バックパックを背負い、一人インドへ旅立った時の記録です。
文章もその当時のままです。





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3月5日PM11:00

サービス精神という概念は彼女達にはないのであろう。
日本で買ったインドの航空会社の格安チケット。
キャビンアテンダントの接客の悪さに耐え抜き、デリーの空港に着いた。


「ここがインドか」


空港内にある両替所で薄っぺらの福沢諭吉を何百倍にもパンパンに膨れ上がったインドルピーに変える。
そのガンジーの顔が描かれた玩具みたいな札束を握り締め、外へ出た。
クラクションの音、音、音
そして見渡す限りインド人、インド人、インド人
香辛料の匂い。


「ここがインドだ」


空港からデリーの市内まではかなり距離があり、バスかタクシーかトゥクトゥク(インドではオートリクシャーと呼ばれる自動三輪車)のような乗り物を利用しなければならない。
僕はさっそくカタコトの英語を使いリクシャーに乗ってホテル探しをすることにした。
しかしどれだけリクシャーの運転手に話かけても全然相手にしてくれない。

理由は簡単だった。
モンゴリアン系の顔丸出しでバックパックを背負い、すでに何人ものタクシーの運ちゃんに群がられている奴の相手なんていくらインド式数学を自由自在に扱えるインド人だろうと、面倒なのだ。
僕はリクシャーを諦め、数分前からしつこく客引きしてくる一人のタクシーの運転手に託すことにした。
群がってくるタクシー運転手たちは「市内まで350ルピーで行ってやる」と口を揃えて言った。
向こうの物価はだいたい100ルピーあたり300円と考えてくれていい。
1000円ちょっとなのだけども、かなりふっかけられてることは間違いない。
僕は「エクスペンシブ(高い)」と連呼し続け「100ルピーしか払わない」と言ったが、それを聞いた運転手たちは「ヘイへイジャパニーズ、冗談はよしてくれよ」みたいな感じで小馬鹿にされた。
「じゃあいい」と歩き出してもずっと付いて来る。
15分くらい値段交渉をして「100ルピーでOKだ」と言った兄ちゃんの車に乗り込んだ。
乗る前に警察であろう制服のインド人に「この兄ちゃんを信用して大丈夫か?」と聞いたら、笑顔で「ノープロブレム」と答えたので安心した。
運転手は観光客慣れしていると見え、フレンドリーにインドスマイルを駆使し英語で話しかけてくる。


インドは何回目だい?
どのくらい滞在するんだい?
どこを訪れるつもりだい?
日本ではどんな仕事をしてるんだい?



少々運転が荒いのとその運転手がワキガであることを除けば、かなり居心地のいいタクシーだった。
居心地が良かった理由はようやく腰を下ろせたということとインドスマイルのおかげ、それだけではなく、その運転手の顔が芝居仲間の先輩の顔とソックリだったからだろう。
親しみを感じる。
彼らインド人はサービス精神には欠けるがフレンドリーであることには間違いない。
彼との会話は楽しかった。


1ヶ月だったらあそこは訪れるべきだよ。
あそこは物価が安いから楽しめると思うよ。
オイラもあの町には行きたいんだ。



なんてことを運転手が教えてくれてお互いに話が盛り上がっていた時に車は止まった。
「ここが目的地かい?」とお金を払おうとしたら
「いや違うんだ。場所が分からないからあそこの店で住所を聞いてくれ」と運転手。
いや、目的地が分からんて、大阪で言うとヘップ前みたいな場所を頼んだわけだぜ、何の冗談だ?
すると体の大きな体格のインド人男性二人が店から出てきてタクシーに近づいてくる。


「やばい」


これはあかんですよ!
これは店連れて行かれたら終わりですよ!
と心の中で誰かが騒ぐ。
「いや、目的地までちゃんと行ってくれ」
「道が分からないんだ」
「嘘つけ!デリーの真ん中に連れて行ってくれたらいいんだって!」
「だから、道が分かんないんだって」

そう言っている間にイカツイ二人はタクシーのドアに手をかけた。

僕は必死にドアが開かないように内側から引っ張り「とりあえず車を出せ」と言うが「ノー、降りろ」の一点張り。
するとマッチョが外から「店の中に電話があるからそれでホテルを探せ」と言う。
威圧感。

完全にハメられた!
いや、ハメられようとしている!
遂に僕は「いいから早く車出せ!ここでは絶対降りない!」と声を荒げた。
外から降りろと言ってるマッチョにもずっと「ノゥ!ノゥ!」と言い続けた。
するとマッチョは急に怒り出しヒンディー語で運転手になにか言っている。
何を言ってるのかは全く理解できない。
もの凄い形相なのでほぼキレかけているか、または完全にキレているのだろう。
すると運転手は頷き、車を走らせた。


僕が「おい、さっきの奴は何をしゃべっていたんだ?」と聞くと運転手は「場所を教えてくれた」と誰が聞いても分かる嘘を透き通った瞳で言った。
「よし、オーケーオーケー。俺はここで降りる」
と言ったが
「何言ってんだ。こんな危険な場所に下ろせる訳ないだろ。」
と言われて車を止めようとはしない。
「ほら、あそこホテルだろ?あそこに泊まるから下ろしてくれ」
と言ったが
「俺は場所が分かったんだ」
と適当なことを言われ、心配しつつも降りようとするのを止められた。
そう、それが最後だった。


一度騙し掛けたインド人を少しでも信用した僕が馬鹿だった。
車内は30分前の明るい雰囲気が大昔に思えるほど重たい空気だった。
二人ともスマイルの「ス」の字も顔になかった。



車を走らせること20分、「ここだ」と降ろされた。
僕は初めての知らない土地なのでそれを信用し、100ルピーを払い、仲直りの意を込めてセンキューと握手をして降りた。

辺りは殺伐としていた。
僕は確かデリーの中心であるコンノートプレースに連れて行けと言ったはずだ。
ホテルというか、店一つない。
そして歩行者は東洋人の顔をした僕一人だ。
あとで分かったのだが、コンノートからかなり離れた場所に放置されたのだった。
その時の僕にそんなこと分かるはずもなく.

「ここがコンノートか。結構暗いな」

と自分を勇気付けるように一人言を呟きながら歩道に沿って歩き出した。
すると暗闇に光る無数の点。
「何だ?」
するともの凄い勢いで点が近づき吠え出した。
犬!!

「ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!」

その瞬間脳裏に浮かんだ言葉は「狂犬病」の三文字。


狂った犬の病!


しかもその数は徐々に増え7,8匹の狂ったワンちゃん達にあっという間に囲まれた。


こぉぉぉぉぉぉれぇぇはアカンですよぉぉぉぉ!!!!


「なんじゃい!なんじゃい!」と言いながら戦意を見せるのだがお構いなしに噛み付こうとしてくる狂ったワンちゃんたち。
ジャレているのでないことだけは確か。
変な汗がいっぱい出てくる。
日本の犬より数倍ワイルドなインドの野犬。
かなりのピンチ!!


そして先頭で吠え続けていた1匹が僕に飛びつこうとした瞬間、1台のリクシャーが目の前に止まり、インド人が飛び出した。
そのオヤジは10秒もかからず犬達を追っ払い僕に近づいて「何してるんだ!?」と言った。





救世主、現る。


空港で時間を合わせた時計を見ると既に一時半を過ぎていた。
生暖かい風が頬に触れる。
けたたましいエンジンの音が鳴り響くリクシャーはなんとも言えない微妙なバランス感覚を取りながら都市の中心部だというのに極端に少ない信号機の前をカーブした。
インド人のオヤジは笑ってる。
僕は少し疲れてる。


「何してるんだ!?」
一人のオヤジは僕に近づいてきて言った。
「いや、この辺りでホテルを探そうと思って」
「歩いてか?」
「そうです。この辺りにたくさんあるはずだから」
「おい、この辺りにホテルなんてないぜ」
「は?」

オヤジは続けた。
「お前みたいなバックパックを背負ったジャパニーズがこんな時間にガイドブックを持ちながら歩いていたら殺されるぜ」
「え?」
「いいから乗れ」
「いや、歩いていきます。バイマイセルフです」
「行くって?どこ行くんだ?」
「コンノート・プレイスです」

「ヘイジャパニー、コンノートはこっからだいぶかけ離れてるぜ」

僕はそう言われたけども、その前に一発騙されてるのもあってすぐにインド人を信用できる心境じゃなかった。
僕はそのオヤジに「俺は大丈夫だ」と言い歩き続けたが、オヤジはずっと付いて来て「いいから乗れ」と五月蝿く言った。
数十メートル歩いて無視し続けてるのにまだ付いて来るオヤジに「俺に構うな!」と言いかけた時、前方から4,5匹の野犬がやってきて吠えはじめた。
オヤジはリクシャーから降り、またもや狂ったワンちゃんたちを一掃し、こちらを振り返りまたもや素敵過ぎるインドスマイルでウィンクした。

「コンノートまで」
「50ルピーだ」
「5ルピーだ」
「30ルピー」
「5ルピーだ」
「10ルピー」
「言っとくけど、5ルピーじゃないと乗らない」
「オーケー。もう何も言うな。いいから乗れ」



こうして僕はオヤジのリクシャーに乗った訳である。
夜のデリーは似たような道ばかりでどこを通っているのか分からない。
同じ道を何回も通られても距離感が全くつかめない。

「ヘイ、ジャパニー。何でこんなとこに一人でいるんだ?」
「あそこがコンノートだと思ったのさ」
「あのな、この辺はマフィアが山ほどいるんだ。お前みたいな旅行者すぐに身ぐるみはがされるぜ」
「…。」
「ホント、俺がいてよかったな」
「……コンノートまで早く」
「わかった。わかった」



バリバリバリバリバリバリ!!
エンジンというものの原始的な音というものはきっとこれに近いんだろう。
安っぽい音とエンジンの臭いと、インド人のスパイシーな匂い。
僕は今インドにいる。


「ヘイ、ジャパニー」
「…?」
「ヘイ、ジャパニー!」
「…ん?」
「着いたぜ、ここがコンノートだ」


大きな建物が並ぶ。
先ほどの場所とは全く異なった都会的な雰囲気。
なるほどここがコンノート・プレイスか。

「ジャパニー、ホテルは取ってあるのかい?」
「いや、今から自分で探すつもりさ」
なんてこったい!ジャパニーよく聞け、今日は3月5日。明日はシヴァラートゥリだ。ホテルなんて空いてないぜ!」
「え?なんて?しヴぁらーとり?」
「フェスティバルさ!」


確かに3月6日はシヴァのお祭り。
それでどこのホテルも満室だって?


「ヘイ、ジャパニー。もう夜中の2時だ。しょうがねぇ俺がホテルを探してやるよ。」
いい人。
このオヤジいい人だ。
僕は感動した。
その前に一発ボディブローを喰らっていたので余計に感動が増した。
このオヤジはちゃんと僕をコンノートまで送ってくれた。
それに狂ったワン公たちも追っ払ってくれた。
「オヤジ、センキュー!」
僕は再び遊園地にある幼学年の子供達が使う遊具みたいなリクシャーに乗り込んだ。
インド人にもいい奴いるんだぁ。
感動も絶望も何が原因で、そしていつ、どこからやってくるのか分からない。
それが旅なんだと初日の到着3時間後に知った。


オヤジはリクシャーを走らせる。
「オヤジ、お金があまりないから安いとこ探してくれよ」
「おう。だけどフェスティバルだから難しいぜ」

オヤジは屈託のない笑顔でリクシャーのハンドルをきる。
結構なスピード。
風が直接車内に入るのでそのスピードを肌で感じる。
今頃日本は寒いんだろうなぁ。
そんなことを考えながら春先の夕暮れのような生暖かいインドの空気と遊んでいた時に体に衝撃が伝わった。


ドォォォン!!


何だ!?
リクシャーに何かがぶつかった。
そして僕はその何かをこの目で見ていた。

だった。

うん、インド人だった。

結構なスピードでインド人を撥ねた。
そしてリクシャーは止まることを知らず走り続ける。
オヤジが笑顔で振り返り

「アーユーオーケー?」

と聞いた。


「えぇぇぇぇぇぇ!!!」
と、驚いてオヤジに
「今のヤバイでしょ?大丈夫なの?」
と咄嗟に日本語で聞いたら、オヤジは爆笑しながら
「ヤァ(YES)ヤァ(YES)」
と答えた。
僕は日本語で
「オッサン適当過ぎ!!」
と言うと、オヤジはまたもや
「ヤァ!ヤァ!」
と爆笑しながら答えた。
かなり楽しかったようである。
僕は苦笑いもいいとこだったけど、オヤジの笑顔を見ていると気持ちが癒された。



オヤジはかなりホテルを探してくれた。
7,8軒回ってくれたがどこも満室だと言われた。
オヤジは親身になりながら
「明日がフェスティバルだからなぁ」
と自分のことのように残念がってくれた。
そして気付いたら旅行会社の前にリクシャーを停めていた。


「ヘイ、ジャパニー。ここでホテルを探してもらうんだ。」
日本からのエコノミー席での8時間の旅に続く、タクシー事件、野犬対決、ホテル巡りに疲れきり、僕の精神はすでにどうにかなっていた。
中に入ったものの、案の定高額ツアーを組ませる悪徳旅行会社のトークが続く。
ぼんやりと、そしてただじっと目の前のインド人の言葉を聞いていた。


アホかと。
亮太お前はアホかと。
インドに何しに来とるんやと。
僕の中のもう一人の僕が耳打ちし続ける。
僕の前で明日はフェスティバルだからホテルはファイブスター(5つ星)しかないと簡単に片付けられ、どういうコースでインドを回るかと懸命に聞いてくる男の声が遠ざかっていく。
「チャイをいるか?」と聞かれ「いらない」と答える。
僕の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
考えたくないことだ。
とても嫌な気持ちになることだ。
それは、

「オヤジはなぜ僕をここに連れてきたんだ?」

というクエスチョンだった。
時計を見ると4時過ぎ。
あと少し。
あと少しだ。
電車が動く時間になれば早いとこ、こんな町出よう。
その想いだけが毎分毎秒膨らんで行く。
そして目の前の明らかに高額な料金でタージマハルへ連れて行こうとしている男の声と目つきに腹が立ち、

「聞け。俺はツアーに入らない。絶対に、何があっても、ツアーは組まない」

と言った。
すると男は

「お前みたいなやつは出て行け!二度とくるな!」

と逆ギレした。

僕は平然とした態度で店を出、通りを歩く。
ここがどこだか分からないが、あんなとこにいるよりはマシだ。
犬が吠えている。
少し怖い。
真っ暗闇を一人歩く。
何か柔らかいものを踏んだ。
何かは分からない。
臭う。
よく分からない。
2,3歩あるく。
靴の裏に着いた柔らかいものが潰れる。
臭いが爆発する。
くさい。
これは、うんこだ。
何のうんこだ?
僕はインドで騙されて、騙されて、犬に怯えて、うんこを踏んだ。
あと30日ある。
僕は一体あと何回騙されて、騙されて、犬に怯えて、何から出てきたのか分からないうんこを踏むのだろう?
まだカレーも食べてないのに、口の中が辛くなった。
すると後ろから聞き覚えのあるバリバリバリバリバリという音。
「ヘイ、ジャパンニー」
さっきのオヤジだった。
こいつも結局は僕を騙していたんだ。
僕は
「向こうへ行け」
と、言った。
するとオヤジが
「俺の友達のホテルが一部屋空いてるんだ。今取ってもらってるんだけど行かないか?」
と誘った。
そして僕はもう1度騙される。





救世主の正体は詐欺師。


僕は疲れもあり、野犬の怯えもあり、うんこもあり、オヤジのリクシャーに乗るには充分過ぎる要因を持っていた。
オヤジは今までとは比べものにならないくらい真っ暗闇に包まれた道を、インド人を撥ねたリクシャーで走り抜ける。
僕の反撃は、そのオヤジのリクシャーに靴の裏のうんこを擦りつけるくらいだった。
正直このオヤジが向かってる先が怖かった。
本当に人気のない、そして明かりのない、狭い道を行くのだ。
インドに到着したその日に命を断つかもしれない。
その不安はいくら拭っても拭いきれず、そして確実に溢れ出るほどに増える一方だった。
真っ暗闇の中リクシャーを停める。


「降りろ。ホテルだ」
「降りない」
僕は怖さのあまり駄々をこねた。
それが10分続いた後、僕は降りて本当にホテルがあって胸を撫で下ろした。
そして高額なホテルの一室にサインをし、オヤジに100ルピー払い、明日絶対にデリーを出るという決意を胸に眠りに落ちた。




あとで旅をしている日本人に聞いて分かったことなのだが、3月5日のこの夜、どこのホテルも普通に空いていたらしい。
リクシャーのオヤジとホテルマンの口裏あわせで満室にされていたのだった。
そういう詐欺が主流であることを、日本で全く予習していなかった地球の歩き方を読んで知った。
僕は次の日から、受験生並にこの本を読みつくすことになる。
そしてデリーへのリベンジを決意する。




次回ジャイプル編 つづく