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パティシエオカダ20周年プレインタビュー

「苦しかった、大変だった。そんな話はいらないんじゃない」
 
 

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大通りから一歩奥へ入った閑静な住宅街。
その一角に店を構えるケーキ屋さん。
 
 
コンクリートの道路に突然現れた石畳。
緑の木に赤いテント、壁の色はブラウンシュガー。
 
 
その場所だけ、まるでフランスの街並みから飛び出してきたよう。
 
 

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店の名前は「パティシエオカダ」。
今年の11月11日で20年目を迎える、街のケーキ屋さんです。
 
 
 
瓢月堂(パティシエオカダ)の副社長、岡田博美さんのインタビューがはじまりました。
 
 

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瓢月堂の創立は昭和37年。
先々代(祖父)が個人店を開業されてからだと80年の歴史を誇る。
パティシエオカダは瓢月堂から生まれたケーキ屋さん。
今年は創立20年を迎えるアニバーサリーの年だ。
 
 
 
岡田「何を話せば良いのか分からなくて」
 
 
飾らない振る舞いで、微笑む博美さん。
 
 
嶋津「この20年の間に起きたことをお伺したいですね」
 
岡田「うん、そう思うのだけどね。
でも、『苦しかった、大変だった』、そんな話はいらないんじゃないかと思って」

 
 
そう言ってまた微笑んだ。
よく笑う人。
そして、笑顔がよく似合う人。
 
 
明るい笑顔。
それは、ケーキという魔法で人を喜ばせ続けてきた人の笑顔。
 
 

嶋津「パティシエオカダ20周年をという年を迎えられて、どのようなお気持ちですか?」
 
岡田「反省ばかりでした。
スタッフに関しても、お客様に関しても。
そして強く思うのは
『もっともっとできただろうなぁ』
いうことですね」

 
嶋津「『もっとできた』、と言いますと?」
 
岡田「より良い方法で、もっともっと喜ばせることができただろうし、スタッフにもしてあげることがたくさんあったと思うんです」
 
 
 
博美さんのお話によると、
「あっという間の20年だった」
という。
 
店をオープンしてから今まで。
良い時も、悪い時も。
様々なことが駆け巡った20年。
パティシエオカダは常にお客様の笑顔を追求し続けた。
 
 
 
 
 
「お客さんはがっかりしていないだろうか?」
 
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博美さんが一番に考えるのはお客様の表情だという。
 
 
喜んでもらえただろうか?
不備ははいだろうか?
「来て良かった」と思って頂けただろうか?
 
 
岡田「やっぱり笑顔で帰ってもらいたいんです。
そのために自分たちにできる最善のことをするように心がけてきました」

 
嶋津「お客さんを笑顔にする。
確かにケーキはハッピーな気分をより一層高めてくれますね」

 
岡田「ケーキにはそんな魅力があります。
例えば、店で至らぬことがあって、その気分を台無しにしてしまうのは嫌なんですね」

 
嶋津「そのために何か工夫されたことはありましたか?」
 
岡田「美味しいケーキをお出しするということはもちろんですが。
出来る限り、喜んでもらえる演出をしようと思いました。
店の内装でもそうです。
季節を感じてもらえるようにディスプレイしたり、ラッピングも受け取った相手が喜んでもらえるように工夫しました」

 
嶋津「なるほど」
 
岡田「あとは反省ですね」
 
嶋津「反省と言いますと?」
 
岡田「お客様からお叱りの言葉を頂いた時や、今よりも良い方法を発見した時です。
失敗を反省し、改善することがお客様に喜んでもらえる一番の近道なんじゃないかと思うんですね」

 
 
 
 

ケーキは幸せの象徴。
 
考えてみれば、ケーキを買う時に悲しいことを思い浮かべる人はいない。
祝い事や特別なイベント、贈り物や自分へのご褒美としてケーキは活躍する。
 
ケーキのある場所はいつも喜びの中にある。
ケーキを食べる時はたいていみんな笑っている。
ケーキを選ぶ時はみんな、これから目の前で起こるであろう「幸せ」のために、期待を込めている。
 
そう、ケーキは幸せの象徴。
 
 
 
幸せな気分でケーキを買いに来たお客様を、より一層笑顔にしたい。
博美さんはそう話しました。
 
 
 
 
 
嶋津「パティシエオカダができた時、どのようなお気持ちだったんでしょうか?」
 
 
博美さんは思い返すように、視線を外し、そしてまた微笑みました。
 
 
岡田「パティシエオカダを作った時、
『八尾にお洒落なケーキ屋さんがあるんだけど行かない?』
そう行ってもらえるお店を作りたかったんです」

 
 
照れたように話すその姿は、どこか魅力的で。
 
 
岡田「例えば、八尾の外から来られた方に地元の方が『八尾には素敵なケーキ屋さんがある』と自慢してもらえるような店にしたかったんです」
 
 
照れたのを隠すように少しだけ声が大きくなりました。
自信をもって断言できるほど「素敵なお店」なのに。
どこまでも控えめな方です。
 
 
岡田「その想いが強かったですし、それは今根幹としてあります。
だから常に新しい試みを続けたいと思っています」


 
 
 

 お店の玄関横に建てられた石碑。
そこに刻まれている言葉。
 
『念ずれば花ひらく』
 
それは詩人の坂村真民さんの言葉。
坂村さん本人が九十歳の時に刻んだもの。


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念じれば思いは叶う。
強く思えば夢は叶う。
 
決してそれだけの意味ではない。
 
ただ念じていれば、じっとお願いしていれば夢が叶う、という意味ではなく。
何事も一生懸命、祈るように努力すれば、自ずと道は開ける。

 
パティシエオカダはその精神で今日まで突き進んできた。
強く念じ、努力すれば、必ず花は開く。





お客様が飽きないようにするために、「新しく、新しく」。
 
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嶋津「お客さんの意見を取り入れることで日々改善してこられた、と。
そしてパティシエオカダは今までに3年、5年、7年、10年…と節目節目でお店のリニューアルも積極的に行ってきたと聞きました」

 
岡田「はい」
 
嶋津「店舗としても成功され、地元のお客様に愛されてこられた中で、変化に対しての不安のようなものはなかったのでしょうか?」
 
岡田「変化に対する不安ですか?」
 
嶋津「はい。
一度、うまくいけば保守的な発想になるのが一般的だと思うのですが、パティシエオカダは常に変化し続けています」

 
岡田「ずっと精一杯だったんです」
 
嶋津「はい」
 
岡田「やっぱりね、お客様から意見を頂いたり、自分たちでもより良い気付きがあった時は『少しでも良くなる方』にシフトするんです。
その方がお客様は喜んでくれますから」

 
 
 
そう言うと博美さんはじっと言葉を飲み込んだ。
そしてもう一度話しはじめた。
 
 
 
岡田「以前こんなことがありました。
カフェのサービスをしていた時の話です。
ある日、車イスでコーヒーを飲みに来たお客様がいらっしゃいました。
当時、店の入り口には階段しかなく、男性のスタッフが数人で車イスを持ち上げて店内に運びました。
この時、『お店にスロープがあればなぁ』と思ったんですね」

 
 
 
それでもすぐにスロープを作る工事には移れない。
年中無休だった当時、日々の営業に追われるまま時間だけが過ぎていく。
その間にも、その車イスのお客様は何度かパティシエオカダに訪れた。
その度に、男性のスタッフが車イスを持ち上げて店へ運んだ。
しかし、いつからかそのお客様は来なくなったのだという。
 
 
 
岡田「いくらこちらが笑顔でお手伝いをさせて頂いていても、お客様には負担だったのかもしれません。
『お店に迷惑をかけている』という気持ちです。
こちらが『そんなことはない』と言っても、お客様の方が気遣ってしまえば同じことです。
本来ならば、それは必要のないストレスなんですね。
それで、スロープを作ることを決意しました」

 
嶋津「それで作ったのですか?」
 
岡田「はじめからスロープがあれば、気兼ねすることなくお店へ来て頂けるじゃないですか」
 
嶋津「問題の解決法ではなく、問題を取り除く」
 
岡田「はい。
その方がお客様にとって嬉しいことなんじゃないでしょうか」

 
 
 
 
 
「スタッフ、家族、そしてお客様のおかげです」
 
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〈左:木村孝マネージャー、右:岡田博美副社長〉
 
 
 
パティシエオカダと歩んできた20年。
その道のりは決して平坦なものではなかった。
 
 
岡田「あまりにも人手が足りない、そんな時もありました。
イベントが続く中で、スタッフがいないけれどケーキを作らないといけない。
20~30種類のケーキを3つに絞り込んで、それだけをひたすらに作りました」

 
 
 
厨房からお客様の姿が見えるパティシエオカダの店のつくり。
ケーキ作りに追われながら、ふと顔を上げると、ショーケースの前にはずらっと人が並んでいる。
やっとの作った10個のケーキを、お客様の前に出したそばから7個、8個と売れていく光景を目にする。
博美さんは休む間もなく下を向き、作業に戻った。
 
 
 
岡田「あの時は『お客様をがっかりさせてしまったかなぁ』と思いました。
人もいない、ケーキの種類も少ない、でもお客様はたくさんいらっしゃる。
手を動かして、動き回るのも大変でしたけど、それよりも心配する心の方が追い詰められていて」

 
嶋津「忙しい体よりも、『待たせている』という面で精神的に辛かったんですね」
 
岡田「『待たせちゃダメだ、どうしよう、待たせちゃダメだ、どうしよう』
ずっとそう思っていて。
でもね、お客様は待ってくださいました。
あたたかいお声をかけてくださった方もいらっしゃいました。
手紙をくれた方もいました。
そしてたくさんの人が笑顔で店を出ていきました。
お客様に助けられました」

 
 
 
苦しかった、大変だった時期も確かにある。
でも助けてくれたのはスタッフであり、家族であり、そして何よりお客様の存在だった。
 
 
 
岡田「私には子どもが3人いるんですけどね。
お店も年中無休で、スタッフもいないとなるとどうしても子育てにまで手が回らない。
そんな時、私の妹がタッパーに入れたごはんとおかずを用意してくれて、子どもたちの面倒をみてくれたことも数え切れないほどあります」

 
 
 
仕事終わりに一人で店のディスプレイを作って、帰るのが朝の三時という日も。
明けても暮れてもパティシエオカダと過ごした日々。
 
 
 
岡田「イベントの切り替えの時。
クリスマスからお正月にかけての時が一番大変なのですが、営業終わりにもスタッフ全員が手伝ってくれてラッピングをしてくれたこともありました。
その作業が朝方の三時、四時まで続いて、次の日のオープンの準備が七時」

 


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岡田「ある種の使命感だったのかもしれません。
『楽しみにしてくれているお客様がいる』
そう思うと、どうしても体が動いてしまいます。
その時は必死ですから」

 
 
 
話を聞いているうちに博美さんの人柄に引き込まれる。
真剣な眼差しでお話になるかと思えば、突然ざっくばらんな言葉で周りを笑いで包む。
その姿から誠実さと、素直さが伺える。
 
 
表裏のない人柄。
気になればその場で質問するし、感想だって率直に言う。
違うと思えば反対するし、納得すれば全力で応援する。
 
きっとこの方は、昔からずっとそうなんだ。
 
この人の作るケーキを食べてみたい。
 
 
 
 
 
「お客様の表情をなんとか笑顔にしたい」
 
岡田「時代によって流行は変わります。
内装の模様にしろ、木目調が良かった時代もありますし、今ではシャープな印象のものが好まれます。
その時の最先端の流行を取り入れるほど、時代が変化した時に〈古く〉感じてしまします。
時代に合わせて変化させていくことも必要です」

 
嶋津「なるほど」
 
岡田「ですから、パティシエオカダは時代とお客様に合わせて日々改善していきます。
お客様から頂いた言葉。
反省からの改善」

 
嶋津「つまり、進化しているのですね」
 
岡田「でも変わることだけではいけません」
 
嶋津「と言いますと?」
 
岡田「芯となる部分がしっかりしていないとお客様はついてきてくれません。
言っていることや、やっていることをコロコロ変えていると、お客様だけでなく自分たちも何をしているのか分からなくなります。
守っていくものと、新しく変えていくもの。
ブレることなくきっちりと持っていることが大切なのです」

 
 
 
例えば、 最近では厨房と販売をスタッフが兼任する店が増えている。
しかし、パティシエオカダでは役割を明確に分けている。
プロとして製造、プロとして接客にもこだわりたいという意識がそこにはある。
卵アレルギーを持つお客様のためにノーエッグケーキの販売もずっと続けている。
卵アレルギーのお客様が来店した時に「在庫がない」ということがないように。
たとえ廃棄になろうが、作り続けることに意味がある。
全てはお客様の笑顔のため。
 
 
 
嶋津「それでは最後に。
これからのパティシエオカダについてお聞かせください」

 
岡田「若い人の感性でつくり上げていきたいですね。
自分たちの足元はここ(地元)にあります。
これからも地元に愛される店に育つよう、邁進致します」

 
嶋津「ありがとうございました」





一つの言葉、一つの表情から人柄は現れる。
そう〈人間性〉は細部に現われるものなのだ。
 
ケーキは人が作っている。
「この人の作るケーキを食べてみたい」
 
その言葉に尽きるインタビューでした。
 
 



~エピローグ~

『念ずれば花ひらく』
  
パティシエオカダの玄関横に建てられた石碑。
強く念じ、努力すれば、花は開く。
 
あたかも「花が開く」ことがゴールのように認識されているが、植物の視点から見るとそれは違う。
植物のゴールは「種を飛ばし、次なる子孫を残すこと」だ。
 
つまり、「花が開く」ことはスタートに過ぎない
お店もそうなのかもしれない。
店を開くことは「はじまり」に過ぎず、それを後世へと継承することが一つの「ゴール」とも言える。
 
反対に言うと、誰しもが念じていれば「スタート地点」には立てる。
しかし、そこから「ゴール」へ向かうのは特別な努力が必要だ。
 


パティシエオカダ20年。
人間ならば成人した年。


 
博美副社長の想いは、受け継がれていくだろう。
 
お客様のために変わり続けていく勇気と変わらないもの。
 
博美さんの視線の先ではすでに新しい種が芽を出そうとしている。
パティシエオカダの次なる物語である。
 


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〈瓢月堂(パティシエオカダ)副社長:岡田博美さん〉
 


《パティシエオカダ》
 
大阪府八尾市八尾木北2-16
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株式会社MIMAの人気の理由vol.3

~黄色い情熱に燃える社長~美馬さんと話してみた。




《株式会社MIMAのyoutubeチャンネルより、会社紹介》



業界トップ訪問。


思いついたら即行動。


美馬社長の昔からのスタンス。
考えるよりも先に動く。
いや、この表現は生ぬるいかもしれません。

「感動した瞬間、気付いていれば動いていた」

と言った方が正しい。





司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み終えた瞬間、身体中に電気が走った。
そして、気付けば高知県にいた。

美馬さんにはそんな逸話もあります。
涙を流しながら朝日を見つめ、ポツリ一言。

「日本の夜明けは近いぜよ」

とにかく感動したならば、動かずにはいられない。



本を読んで心を突き動かされたならば、著者に会いに行く。
全国何処に居ようと、必ず会いに行く。



美馬さんは言います。

「情報っていうのは活字になった時点で既に古いんです。
最も新しい情報(最新のアップデートされているもの)が手に入るのは直接会って話すことなんです。
知識としての情報だけでなく、空気感を含めて、その人の思考や哲学を知ることができる」






今回で【株式会社MIMAの人気の理由】シリーズは最後になります。
最終話は美馬功之介社長の業界トップ訪問について。

ラストの記事は僕の言葉で美馬さんの物語をストーリーテーリングしてみたいと思います。

若干、僕の想いが溢れ過ぎた表現があるかもしれません。
悪しからず。





それでは最終回、行って参りましょう!










それはまだ美馬商店が社員5名ほどだった時代。
ある日、美馬さんはソフトバンクの孫正義氏が高校生時代に、日本マクドナルド創業者の藤田田氏に会いに行ったという逸話と出逢い、感銘を受けます。



久留米にいた無名の若者(孫正義)が、藤田田氏の著書を読んで会いたいと思った。
その一心から直接東京まで会いに行った。
そこで孫正義氏は藤田田氏に質問します。

「今から商売するのならば何が良いか?」

その時、藤田田氏は「コンピューターだ」と答えたそうな。





そのストーリーを知った美馬さんは専務の稲葉さんと二人で業界トップ訪問というテーマを掲げます。


「業界トップ訪問」とは読んで字のごとく「その業界のトップに会いに行く」という趣旨のもの。



よし、自分たちの業界のトップに会いに行こう。

建築・不動産業界で超一流の人物といって一番に思い浮かんだのが樋口武男氏。
言わずと知れたダイワハウスの代表取締役会長兼CEO


文句なしに業界No.1の人物です。


思い立ったが吉日。
すぐに行動を起こすのが美馬功之介という男。





美馬さんは樋口会長に手紙を出しました。
もちろん直筆で、想いの丈を込めた言葉を書き連ね。


もはやそれはラブレター


長文の内容は要約すれば「あなたに会いたい」like a 松田聖子のアティチュード。





意気揚々と手紙を投函しましたが、先方からは音沙汰無し。
「これはおかしい」と美馬さんは樋口会長へ再度、計3度の手紙を送ります。

しかし、待てど暮らせど返事はありません。
それもそのはず、超トップクラス上場企業の会長です。
美馬さんの送った手紙は、「やぎさんの郵便」よろしく、黒ヤギさんに読まずに食べられたのと同じ。
いやはや、会長の元まで届いていない確率の方が大きいのです。


「端から見たらストーカーですよwww」


当時のことを振り返り、豪快に笑いながら美馬さんは話しました。
押してダメなら、もっと押せ。
美馬さんの辞書には「退く」の文字はありません。
返事が来ないものだから、代表のメールアドレスへ直接メールを送りました。


「樋口会長、手紙読んで頂けましたでしょうか?」


当然返事はなく。
美馬さんの辞書は欠陥品で「退く」以外にも、「諦める」という文字もまたありません。

諦めはしないけれど、どうすればいいのか分からない。
どうやったら会えるのだろう。
ああでもない、こうでもない、と様々なアプローチを試しました。



ある日、当時グループ会社で共に働いていた同期の女性と久しぶりに再会しました。
彼女は美馬さんが西宮のマンション販売チームとして動き回っていた時にしばしば手伝いに来ていた方です。
再会を祝し、お互いの近況報告や仕事のことを話し合いました。
同期ということもあり、彼女との対話は非常に刺激的なものでした。





人生はオモシロイ。
世の中何が起こるか分かりません。
魔法がかかったように、それは突然訪れます





ある日、会社の電話が鳴りました。
母が受話器をとり、しばらく受け答えしていると、

「功之介~、樋口さんから電話よ~!」

「え?俺に?どの樋口さん?」
何て言いながら受話器を受け取る美馬さん。
相手はまさか。

そう、そのまさか!

美馬さんも一兆円企業の会長から美馬商店に電話がかかるとは思いもしません。

「はい、お電話代わりました」

と美馬さんが電話口に声をかけた瞬間、樋口会長の第一声。

「おう、お前、なんや!?」

一息でその言葉に飲まれたと言います。
まさか、まさかの樋口会長直々からの電話。
慌てる心をなだめながら説明します。


自分は美馬功之介であるということ。
建築・不動産業界に従事しているということ。
八尾という町で日々奮闘していること。


そして、手紙を3度お送りしたこと。


その瞬間、



「あれはお前か!」



なんと樋口会長、美馬さんの送った手紙をちゃんと読んでくれていたようなのです。





感激しながらも、一生懸命美馬さんは話しました。

「僕たちの業界のトップは樋口さんです!
尊敬しています!
5分だけで良いので、話聞いて下さい!」




まさかが起こると、その「まさか」は雪崩のように続きます。
まさかまさかの樋口会長からの返答。



「分かった。明日の〇〇時、本社に来い」



どっひゃーん!!!

奇想天外、びっくり仰天。
美馬さん、入っていた予定も何も考えず、

「はい、お伺いさせて頂きます!」

千載一遇のチャンス。
詰まっていた予定はどうにかなる。
とりあえず何より優先すべきことは、業界のトップである樋口武男会長と会うこと!




次の日、美馬さんは専務の稲葉さんを連れて大阪市内にあるダイワハウスの本社へと軽トラを走らせました。

「おい、こんな機会、二度とないかもしれんぞ。
よく見とけよ」


美馬さんがそう言うと、稲葉さんは黙って頷きました。
カチンコチン、喉はカラカラ。
そりゃあ緊張するってなもんじゃありません。
今から雲の上の人に会いに行くのです。





本社へ到着し、受付で名前を言うと、なんと会長室へ通されました
一零細企業の人間を会長室に入れてくれるという樋口会長の懐の深さに感動しながら、美馬さんは一冊の本を抱えて歩きます。


それは樋口会長の著書


今までに擦り切れるほど読んだ大切な一冊です。
多忙な樋口会長が相手です。
5分しか話せない中で、くだらない質問などできません
赤ペンでラインを引いたり、ポストイットで付箋を貼ったりした、愛着のあるその本の中から何を聞こうか?
美馬さんは昨夜も寝ずに考えました。





さて、遂にやってきました。

目の前には会長室が。
扉をノックし、中へ入ります。


「失礼致します!
美馬商店の美馬功之介です!」



緊張を振りほどくように溌溂とした挨拶を。
そしてその姿を見た会長の第一声。



「お前が美馬か!」



感激の瞬間でした。



さぁ、タイムリミットは5分です。
何から聞こう。
昨夜何度もシミュレーションした質問内容。
バクバク鳴る胸を抑えながら、話そうとすると、会長が美馬さんの抱えている本に気付きました。


「おっ!お前それ」


そう言って美馬さんの手から奪い取り、パラパラめくります。
そしてフッと微笑み、


「読んどるなぁ、お前」


樋口会長、美馬さんが読み込んだ赤線と付箋だらけの本を見て嬉しかったのでしょう。
なんと5分の約束のはずが、90分も時間を割いて話してくれたそうです。





感激の美馬さんと稲葉さん。
樋口会長の器の大きさ、そして懐の深さに感動しっぱなしだったようです。
こうして、業界トップ訪問は実現したのです。
美馬さんにとって、大きな大きな一歩でした。



その時、樋口会長からかけて頂いた言葉。

「いいか、お前たちは地域から出るな。
ここまで成長したダイワハウスには大きい仕事はできても、細かいことはできない。
まずは本当に困っている自分の地域のお客さんを喜ばせることに集中しろ」




美馬さんは樋口会長のそのアドバイスを今尚、守り続けていると言います。





業界トップ訪問から後日、美馬さんの携帯が鳴りました。
相手は以前、再会した同期の女性。


「樋口会長に会えた?」


な、なぜそれを!


「会えるようにプッシュしといたわよ。
私のおかげよ。
今度ケーキごちそうしてね♪」



話の顛末はこうでした。
その女性は、偶然にも樋口会長の秘書と同期だったのです。
その方と秘書の方がお話をしている時に美馬さんの名前が出たらしく。
微かに「美馬」という名前を記憶していた秘書の方は(何度も手紙が届いていましたから)、会長へ手紙が渡っているか問い合わせてみたようです。
この地点で手紙は秘書室に保管されたまま、会長の手には渡っていなかったようです。



それらの偶然が重なり、会長の手に美馬さんの直筆の手紙が届きました。



その話を聞いた美馬さんは驚きで言葉が出なかったのだとか。
普段からやりたいことや掲げている目標を口に出していた美馬さんだからこそ訪れた縁。
目標達成のために動き続けていたことは決して無駄じゃなかった。
神様はちゃんと見てくれています。
そんな神様が美馬さんにチャンスを与えてくれましたのかもしれません。



もちろん美馬さんがその電話の女性にケーキをごちそうしたのは言うまでもありませんwww





その日から今でも樋口会長とのお付き合いは続いているのだとか。
この話を聞きながら僕は感動で目頭が熱くなりました。


美馬さんの話は偶然の連続。
テーマパークのアトラクションのようにスリル満点、エンターテイメントでありドラマティック。


出会いというのは突然訪れます。
しかし、草木が土から突然顔を出すように見えても、実は土の中では根が伸びて芽を出す準備をしているのと同じように。



出会いにも準備がある。



樋口会長と出会えたことも、決して「突然」ではなく、ましてや「偶然」などではない。
僕はそう思います。
美馬さんの人間性があったから、再会した同期の女性は美馬さんと話をした。
その方はグループ会社時代の美馬さんを知っている。
仕事に直向きな美馬さんを、熱く優しい美馬さんを知っている。



だからこそ、応援したくなった。



そうなのではないでしょうか?
もしグループ会社時代の美馬さんが嫌な奴だったら、再会した時も挨拶程度に留まっていたのではないでしょうか。
その女性が樋口会長の秘書の前で「美馬」という名前を出すこともなかったのではないでしょうか。
(出ていたとしても悪口だったのではないでしょうかww)
だとすれば秘書の方が樋口会長に手紙を届けることはなかったでしょう。



美馬さんがグループ会社に在籍し、誠実に働いていた時には既に、樋口会長と出会う準備が始まっていたのかもしれません。
もっと言うと、出会うことは決まっていたのかもしれません



素直であれ、誠実であれ、そして明るくあれ



美馬さんと話していると、そんな言葉を感じます。





樋口会長とのお話はまだ続くのですが、それはまた別の機会に。



こちらの音源から続きのストーリーを聴いて頂けます。





僕の見た美馬功之介社長

感動衝動を何よりも大切にする人なんだと思います。
誰よりも感動するから、人を感動させることができる。

その行動力は美馬さんへ降りかかった初期衝動によるもの。
一番最初に訪れた衝動から、美馬功之介という男は走り続けています。

壁にぶつかる度に、自分を大きくさせて、乗り越えていく。

人間を大きくして、走り始めるのではなく。
走りながら人間を大きくしていく。


そんな人。
そんな、不思議な人
そして今も変わらずに走っている。



黄色い情熱はメラメラと、焔を上げながら今日も八尾の街を明るく照らしています。



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GREEN SPACE、辰巳兄弟に話を聞いた日

庭的アティチュード。



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先日、GREEN SPACEの事務所に行き、辰巳兄弟さんにお話を聞かせて頂きました。
(写真左:兄、耕造さん、右:弟、二朗さん)


庭から街、そして文化へと話は展開。
目に見える物質から、目に見えない概念まで。
それらを結ぶのは人工的にデザインされる心地良さ


生命の律動。
心臓の鼓動、呼吸の間隔、セックスのリズム。
音楽はそれらを再構築するために生み出された。
そう言ったのは確か生物学者の福岡伸一氏だったろうか。


庭もそうである。
自然を美しくリデザインするという意味においては福岡氏の語る音楽と同じ。
そこにあるべき姿としての美。
重ね合わせるように再現する美。
ノイズを排除し、心地良いものをナチュラルに再構築していく。


外向きへ放つ意識と内向きを掘り下げる感覚。
光と影。
庭をカルチャーへと押し上げるムーブメントは既に彼らの手によって動き出している。



この二人が放つ空気、選び方、判断の基準。
何だろう。
しっくりくる言葉を頭の中で探す。

あった。

ようやく見つけた。



庭的アティチュード。



自然であるが、どこか人工的。
植物は絶えず成長する。
言い方を変えれば常に変化し続ける。

庭の手入れは、いつも良質の余白を残しながら心地良い空間を生み出す。

今、二人の持ち合わせている余白。
そして光と水を追い求め、どこまでも成長する。
貪欲に、貪欲に、枝を伸ばし、葉を繁らせる。

重たくなれば、木々を落とし、風通しの良い姿へと形を整えながら。
それは絶えず自らをアップデートする「庭的アティチュード」





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事務所は郡川、緑に包まれた異空間。
GREEN SPACEの看板が見えました。


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GREEN SPACEの事務所に到着しました。
社名の通り、まさに「緑の空間」

山の手からは風が吹き、緑の中をくぐり抜ける。
手を伸ばしたところに四季が躍動する。



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そうして、インタビューははじまった。



嶋津「今日はよろしくお願いします」

耕造(辰巳兄弟:兄)「お願いします」

二朗(辰巳兄弟:弟)「お願いします」





生活の中の緑。

嶋津「最近、雑誌の特集などでガーデニングや室内での観葉植物など、緑を目にする機会が増えている気がします」

耕造「確かに、造園業界の垣根を越えて注目されることが増えてきたように思います」

嶋津「以前GREEN SPACEさんのインタビュー記事を読ませて頂いて『緑は質の時代を迎えている』という表現をされていました(参考文献:建築とまちづくり)。
端的におもしろい表現だなって思ったのですが、『質の時代』というのはどういうものでしょうか?」

耕造「一つ前の時代に『緑が少なくなった時代』というものがありました。
経済成長の過程で起きた環境問題の弊害ですよね。
その時に、『緑が少なくなったから植えましょう』という動きがありました。
言わば、どんな緑でも良いという時代です」


嶋津「なるほど」

耕造「でもね、日本って放っておいても緑が増える国なんですよ。
山と川が国の大部分を占めていますから。
わざわざ植樹しなくても森になる


嶋津「大幅な伐採をしなければ、緑は自然と回復していく」

耕造「そうです。
ただ、手入れもせずにそのままの状態で放っておけば常緑樹の暗い森になります。
シイ・クスノキ・ツバキなどに代表される照葉樹林で覆われた森ですよね。
庭も同じことなんです」


嶋津「と、言いますと?」

耕造「鬱蒼とした森よりも、里山の方が気持ちが良かったりします。
人間の感覚としてね。
つまり、心地良さを求めるならば、ある程度の手入れは必要なんです」



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嶋津「緑なら何でも良い、というところからもう一段階動きがあった。
『手入れ』という一手間が質の追求に繋がった、と」

耕造「緑を生活の中へ取り入れる方々の目が肥えてきているというのは確かです。
ただ単に緑を増やせば良いというのではなく、その中の差を楽しみはじめたような気がします」


嶋津「なるほど。
緑と言っても様々な種類がありますもんね」

耕造「そこに緑があるだけではなく、組み合わせ、色、バランスにより印象は変わります」

嶋津「その違いを楽しみはじめたということが、質の時代へ進んだ一歩ということですね?」

耕造「はい。
半分は希望的観測でもあります。
僕たちの肌感覚で感知する部分も確かにありますし、実際にそういう時代になれば良いと思います」


二朗「これまでにも色々な質の時代がありました。
ただ、時代によって求められる質の種類にも変化が見られます」


嶋津「時代によって価値観に変化が起こる、と。
緑への興味が高まるにつれて、差に対する認識が敏感になっていくのですね」

耕造「今ブームの観葉植物などを取り扱う花屋さんと植木屋の僕たちの差なんかを知ってもらえると嬉しいですね」





お手入れはアップデート。

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嶋津「すみません、僕庭に関して分からないことが多いのですが。
庭をお手入れするというのはどういうことなのでしょう?」

二朗「植物ってね、放ったらかしで伸ばしたままにしておくと気持ち悪いんですよ」

嶋津「気持ち悪い?」

二朗「そう。
見ていてヘン、おかしい」



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二朗「何て言うんでしょう。
生理的に気持ちが良くないんですよ。
お手入れは、人工的に、見ていて気持ちが良い状態にする
これがポイントです」


嶋津「見ていて気持ちが良い状態、ですか」

二朗「植物ってね、成長するんですよ、当たり前ですけどwww
成長する余白を読み取りながらそのお手伝いをするっていう感じです」



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二朗「道の両脇に植えた場合、植物は意味なく伸びているわけではないんですよ。
植物って水と光を求めて枝を伸ばすんですね。
そして影を作っていく」


嶋津「そうか、光と水を取り合って成長しているんですね」

二朗「そうです。
そうして茂り始めると、足元の小さな植物は生存競争に負けて枯れてしまいます。
そこを人工的に工夫してあげるんです。
僕らの仕事は、植物が下から上まで全部きれいに育てるために枝を抜いたり、葉を落として、光をまんべんなく下まで差し込むように整えていく」


嶋津「光の動線を作ってあげるってことですね。
カッコイイ」

二朗「だから肝は、いかに陰を作るか
空間のおもしろさって光の当たる部分だけじゃなくて、陰にもあると思うんですよね。
人間も木陰は気持ち良いじゃないですか?
あれは生き物としての生理的な心地良さだと思うんです。
植物もそうだけど、人間にとって気持ちの良い陰をいかに作るか


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嶋津「生理的な心地良さを庭としてデザインする。
すごいです」

二朗「でもね、結局答えなんてないんですよねww」
兄も言いましたが、一様に緑と言ってもその違いは多種多様です。
重々しい緑もあれば、気持ちの良い緑もある。
それは感覚的な気持ち良さなんです。

『なんとなく気持ち良い』を演出する。

そういうのを育てながら作っていく。
難しいけれど、とてもおもしろい。
技術よりも感覚で伐ることの方が多いです」


嶋津「確かにそう言われてみると答えがあるようなものではありませんね。
論理性を超えている部分が大きい」

二朗「でも、技術はもちろん必要です。
僕の中の『なんとなく気持ち良い』をいかに形にするか」


耕造「人間の感じる気持ち良さ。
それをうまくデザインするためにすごくお金のかかっている部分もあるのだけれど、皆、あまり気付かないwww
『お金をかけている』というのが分からないほど自然に作り込めた、という意味では成功ですが。
ナチュラルに、と言っても結構テクニックで裏打ちされている部分があるんですよ。」






スター不在の造園業界。

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耕造「まだ職人の地位が低いんです。
ようやく、僕らは色々なことをしてなんとなく周りとは違うと認識してもらえるようになりました」



受賞
ビズガーデン大賞佳作
日比谷公園ガーデニングショー入賞
全国都市緑化おおさかフェア デザイン部門銀賞
八尾市文化新人賞
《GREEN SPACEホームページより》 



数々の評価を受け、全国を講演で回り、雑誌にも多数掲載されるGREEN SPACEの仕事。
他ジャンルとのコラボレーション、今やボーダレスに活躍する辰巳兄弟。
その理由に迫ります。



耕造「変わった動きをとり続ける事で差別化を計り、それが次第に周囲に浸透していきました。
だから、あえて最近では自分たちのことを『植木屋』と呼ぶようになりました」



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嶋津「確かに植木屋さんというと落語に出てきそうなイメージですね」

耕造「そうなんです。
イメージって強烈ですからね。
今までだと背伸びするような感覚で、自分たちを『庭師』だと言ってアピールしていた時もありました。
置かれている立場の低い時に『植木屋』と言っていたら相手にしてもらえない。
ある程度地位が安定してきたので、逆に自分たちの事を『植木屋』ということで、植木屋の地位を上げたいんです」



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二朗「建築の世界にはスターがいます。
インテリアの世界もそうです。
でも、僕らのやっている造園の世界にはそれに当たる人物がいない」


嶋津「スターがいない、と」

二朗「もちろん有名な人はいますよ、造園の世界にも。
僕たちはもちろん知っている。
でも一歩外の世界に出ると知名度は一気に下がります。」



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二朗「僕たちはですね、庭をカルチャーに押し上げたい」

嶋津「庭はカルチャーではないのですか?」

二朗「いや、文化と言えばもちろん文化です。
伝統文化としての認識です。
『よく庭の仕事をしている』って言うと、『カッコイイですね』って言われたりするんです。
でもね、思うんですよ。
その人は何を見て『カッコイイ』と言っているんだろう、と」


嶋津「引っかかるんですね。」

二朗「えぇ。
僕たちの仕事が一体どういった内容なのか、それが分かっていて『カッコイイ』と言っているのだろうか。
過去の遺産ですよね。
伝統の持つ『なんだかよく分からないけれどカッコよさそう』という雰囲気に対して『カッコイイ』と言っている。
どれもこれもぼんやりとしたイメージの中です」


嶋津「そこを明白にしたい、と」

二朗「京都に古い庭を見に行くと皆『カッコイイ』って言いますよね。
僕は歴史なども好きですが、あれらのデザインはあの当時の最先端のものを空間の中に放り込んでいるんです。
確かにすごい。
でも、今見ると正直古い。
古いけれど、作られた当時は超オシャレなものだったんですよ」


嶋津「舞台でいうところの、能・狂言、または歌舞伎みたいなもの」

二朗「まさにその通りで。
古い庭は皆見に行くけれど、新しい庭には誰も見に行かない。
これはおかしいんじゃないの?って思うんですね。
今の庭をみんなが見ないまま『カッコイイ』って言っている。
この時点で時代から忘れられていると思うんです。
新しい庭が人々に興味を持たせる求心力を持たなければならない。
それがカルチャーになるっていうことだと思います」



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二朗「僕たちは伝統的な庭師ではないので、別に何をやっても誰に怒られることもない。
型なんてないですし、おもしろいことをおもしろくやる
それでいいじゃないですか?
こんなおしゃれなものを作れるんだぞっていうのを言いたいですよね」


嶋津「それがカルチャーへと押し上げる力となる」

耕造「GREEN SPACEのテーマですよね。
カルチャーと関わりたい。
カルチャーにアップデートしたい。




カルチャー・・・教養、文化、または〈カルチャーculture〉には「耕すこと」の意もある





閉じられた世界にいてはならない。

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耕造「異業種(またはカルチャー)と関り合うことも大切になります」

嶋津「コラボレーションという意味ですか?」

耕造「インプットという意味では他ジャンルからの刺激を受けることは大きいです。
それと、庭の業界の裾野を広げるという意味でも重要になってきます」


嶋津「つまり、業界の外で顔を売ることも造園の裾野を広げることになる」

耕造「そこは意識的に動いていますね」

嶋津「それがまた業界の中での差別化にも繋がる。
耕造さんのその金髪もそういった理由ですか?」

二朗「それはモテたいだけやろ?」

耕造「モテたいだけです」

嶋津「wwwww
いや、髪型ももちろんそうですが、ファッションにしても『植木屋』さんっぽくないところにも何か根拠があるんじゃないかって」

耕造「そうですねww
モテたいというのは冗談としてw
確かに髪型、ファッションなど色々考えているかもしれません。
もともと作業着で打ち合わせに行くことを意識的にしていたこともあります。
下駄をはいたり、雪駄をはいたりしてイメージを作る、という。
反対に今は短パンにビーサンで打ち合わせに行ってみたり」


嶋津「耕造さんはプロデューサー視点でありながら、ご自身をアイコン(象徴)としてブランディングされているんですね」

耕造「そう分析されると恥ずかしいですがww
職人の方へ近寄ってみたり、離してみたり。
二人で考えながら意識的にやっている部分はありますね。」



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嶋津「確かにこんな植木屋さんいないwww
差別化を図るために、業界の人とは違う動きをしてきたことが結果に繋がってきた、ということですね?」

耕造「はい。
でも、特に意識が強くなったのはアパレルの仕事をさせて頂いたことですね」




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耕造「異なる業界の方と関わらせて頂く時、そこに共通言語が多少なければ仕事にならないんですよ。
反対に職種が違っても共通言語がさえあれば意思疎通が早いんです


嶋津「共通言語ですか」

耕造「全く通じないと、意外と仕事が形にならなかったりする。
僕らが作るものもあるけれど、共通の価値観を分かりやすくしている。
そういう意味でアパレルというカルチャーにアクセスしていれば、感覚として相手の意図が入ってきやすいんです」


嶋津「なるほどーっ」

耕造「ああいうところ(上記のアパレル施設)の庭をやることは僕たちにとってとても重要なことでした。
特に裾野を広げるという意味合いにおいて」



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耕造「もう一つ理由があって。
業界の中で固まっていると(業界も人も)死んでしまう、という危機感はあります。
他業種との関わり合いを大切にしているのはそんな気持ちからかもしれません。」


嶋津「動脈硬化だ。
血の入れ替えという意味合いですか?」

二朗「まさにそうなんですよ。
庭の世界の中でうまい奴がいても、それは他の世界の人には分からない(伝わらない)。
そんな偏ったテクニックにこだわるよりも、外へ向けてアピールしないと」



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耕造「露出を高めたり、違うジャンルの人と関わることで認知度を上げ、影響力を持ち、庭に対する認識や見方の底上げをしたいですね」

二朗「何度も言いますが、カルチャーに押し上げることが大切なんですよ。
庭に関する雑誌(専門誌)はもちろんあります。
でも、業界の内側にいる人以外は誰も読まないんです。
そうではなくって、ブルータスやポパイに載りたい。
絶対にそっちの方が庭の未来にとって価値のあることなんです」






全体の底上げ、そしてポップカルチャーとしての庭へ。

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嶋津「お二人が造園業界の異端児ということは確かに分かりましたwww
そんなお二人の庭としてのチャレンジはどのようなものになっていくのでしょうか?」

二朗「庭師は自然主義になりがちなんです。
大変ですよ、自然は。
植物っていうのは100%虫とセットなんですよ。
虫も来れば鳥も来る。
生き物が寄ってくるから人間も寄ってくるわけなんですが、苦労する部分もめちゃくちゃある。
そういうのも含め都会的に進めることができればなぁ、と思うんです。
もっと簡単に考えても良いんです。
人工的なものでもいいんですよ」


嶋津「都会的な庭をデザインしていきたい、と」

二朗「チャレンジという意味合いではそうですね。
あと、色々なものと繋がりたいですね。
例えばインテリアとしての庭。
石川直樹の写真があって、誰々(有名デザイナー)の家具があって、その部屋の窓の向こうに僕たちの庭があればいいかなって思います。
ライフスタイルの延長上にある庭」


嶋津「お、また面白そうなワードが出ましたね。
詳しくお聞かせください」

二朗「植木屋ってたいていの場合、庭からの視点をとるわけじゃないですか。
そうではなくって生活があって、その視線の先に庭がある
そんなものになればいいですね。
生活の延長上に僕らの庭がある。
ライフスタイルの一部としての庭



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耕造「あと、リノベーションをいかにカッコよくするか」

二朗「確かにそれだ!」

耕造「現段階で中古リノベでおもしろい庭がないんですね」

嶋津「リノベーションですか?」



リノベーション・・・古い部分の補修や内外装の変更程度にとどまるリフォームに対し、増築・改築や建物の用途変更など、資産価値を高めるための大規模な改造をさす



二朗「昭和の庭の三種の神器というものがありまして。
(つくばい)、燈篭(とうろう)、飛石(とびいし)です」


耕造「これが厄介なんです」

嶋津「と、言いますと?」

二朗「これらの3つの要素というのは昭和の庭に必ずあるものなんです。
要は皆(庭師は)、それを嫌がる」


耕造「昭和の庭にいかに手を加えずにカッコよくするか。
それが二人のテーマなんです。
三種の神器を排除するのは簡単。
取り除いて、新しいものに作り変えてカッコよくするのは当たり前なんです」



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二朗「その昭和のダサいものを残しつつ。
一つ何かを加えることで見え方が変わるんじゃないか?っていうのがテーマなんです」


嶋津「大喜利のようなものですね」

二朗「そうですね。
残したまま、いかにカッコよく、おもしろく作れないだろうか。
まだ答えが出ていないけれど、それをやってみたい」


耕造「取るか、そのままにしておくか、綺麗にする、しか今までやってない。
誰もまだ挑戦していない方法を探しているんです」


嶋津「おもしろいですね」

耕造「建築では、昔の足あと(匂い)を残しながらリノベーションすることに成功しています。
庭でできないか?
それが楽しみですね」






最近ずっと考えていること。

二朗「うちのスタッフに若い子が二人いるんですね。
型を教えれば良いのか、概念を教えれば良いのか分からない。
型を教えると、型しか分からない。
概念を教えると、自由にはなるが、すごく難しい


嶋津「確かにバランスが非常に難しそうですね」

二朗「僕はなんとなくできているだけなんです。
この『なんとなく』を説明するのが難しいんです。
木をどう切るかをうまく教えることができない。
それが悩みの一つでもあります」


嶋津「確かに難しそうですね。
同じ木でも別の場所に埋まっていたらまた答えが変わる」

二朗「そうなんですよ。
それを磨く方法は数を見て、自分で考えるしかない」


耕造「それと型を作ることも大切なんですが、型にはまってしまうのもどうかと…。
『グリーンスペースと言えばこんな庭』って思われることも怖い。
今悩んでいるところなんですけどね」


嶋津「なるほど」

耕造「あと僕たちの仕事で一番難しいのはやめ時です。
空間に合わせて庭を作っていく中で『さぁ、いつ終わるか』っていうのが。
庭はどんどん足していけるので、いつやめるかの決断を下すのが非常に難しい」


二朗「ただね耕造は神の手を持っています」

耕造「ww」

嶋津「神の手ですか?」

二朗「僕一人で作っていたらカッチリとしたものになります。
規格通りと言いますか。
それを最後に耕造の手がいらんことをしてくる」


嶋津「いらんことww」

二朗「ぐちゃっとしてくる。
ぐちゃっとね。
それが肝なんですよ」


嶋津「二朗さんは反対しないのですか?」

二朗「これがね、すごいんですよ。
良いと思うから僕は反対しない。
僕の中にない発想を加えてくれて、GREEN SPACE独自の作品に仕上がるんです」


嶋津「すごいですね!」

二朗「『永遠の素人目線』と僕は呼んでいるのですが」

耕造「自分でも悩んでいるんですけどね、いつになったらプロというかww」

一同「(爆笑)」

耕造「いやいやホンマに、家の手伝いをしている状態が僕だけ続いているみたいなことですからね」

嶋津「偉大なる力ですね」



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二人から聞く庭づくりの話はオモシロイ。
庭造りには時間軸と空間軸があり、常に成長する余地(または潜在的なピークのポイント)を残しながらその都度調整する。
時間軸をドットで現す絵画よりも、音楽的に似た時間と共に構築される庭の世界。
言わば建築の音楽

二人との会話もまた音楽的で、リズムとメロディが調和する。
耳に心地良く、脳みそにも刺激的で、心地良い。





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スターがいないからこそ辰巳兄弟が現れた。
造園業界の未来を危惧している者は数多く存在するだろう。
しかし彼らのように他とは違うアプローチで業界自体を盛り上げる試みを繰り広げているのは稀有な存在だ。
時代の流れと、現状の問題点を明確に持つプロデューサー視点と魅力的なパフォーマンスのバランス。

造園業界のスターとなり、庭をカルチャーへと押し上げ、さらに他ジャンルへの影響を与え、一つの時代を作って欲しい。

造園・建築業界の外側にいる人間にとっても生活のヒントになる辰巳兄弟の「庭的アティチュード」
今後の彼らの動向に注目したい。





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株式会社MIMAの人気の理由vol.2

~黄色い情熱に燃える社長~美馬さんと話してみた。



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前回に引き続き、株式会社MIMAの美馬功之介社長のお話を紹介します。

前回の記事はこちら《株式会社MIMAの人気の理由vol.1》



【株式会社MIMAの歴史】

1965年、父美馬功さんが自宅にてリンナイ㈱のサービスマンとして事業を開始
1973年、美馬商店としてガス器具の販売を始める
1990年、株式会社美馬商店として法人化

1995年、ガス機器設置スペシャリストの店認定
1996年、本格的に住宅設備機器を中心にリフォーム業へ幅を広げる
1997年、八尾市給水装置指定業者・八尾市排水設備指定業者認定
1998年、大阪ガス簡易内管施工登録店認定

2003年、美馬功之介代表取締役社長に就任
      社名を㈱美馬商店から株式会社MIMAに変更





株式会社MIMAの「安心・快適・感動」

八尾・東大阪エリアで年間1600件を超えるリフォームの実績を誇るMIMAの親切丁寧なお仕事。
地域のリフォーム着工件数は文句なしの実績No.1

お客様の笑顔を一番に考えたこだわりのサービス。
また、人間力を重視した社員教育。

その人気と信頼の秘密に迫ります…



【MIMAの歴史】

単一のリフォーム業から不動産業を手掛けるまでの流れ。
そして『すまいるプラザ』オープンへ

2004年、建設業許可取得
    東大阪市・柏原市排水設備指定業者登録
2005年、日本木造住宅耐震補強事業者共同組合加盟
      八尾市介護保険事業者連絡協議会加盟
2006年、NPO法人八尾すまいまちづくり研究会加盟
2009年、建築士事務所登録 MIMA建築事務所開設
2010年、宅地建物取引業免許取得 不動産事業部開設
      住宅瑕疵担保責任保険法人ハウスジーメン事業者登録
2011年、リニュアル仲介パートナー会員登録
2013年、リフォーム産業新聞『売上リフォームランキング』にて八尾市でトップ獲得

2015年、新社屋「すまいるプラザ」新築オープン





嶋津「前回は美馬さんが美馬商店を継いだ経緯から、リフォームのお仕事のお話をお伺いしました。
その後、不動産業へも仕事の幅を広げたと聞きました。
会社沿革には2010年に不動産事業部開設とありますね」


美馬「はい。
宅地建物取引業免許を取得し、不動産をはじめました。
ある意味、夢が叶った瞬間です。
これでようやくお客さんに最初から最後まで不動産建築を提供できるようになりました
僕はこれがやりたかったんです」

嶋津「大和ハウス時代に不動産業をされていたところに繋がったんですね」





八尾で唯一のワンストップサービス。

嶋津「そもそも、リフォームだけでなく不動産を手がけることのメリットはなんでしょうか?」

美馬「100%お客さんのことを考えたプランを立てることができる、ということですね」

嶋津「と、言いますと」

美馬「それまでは不動産は不動産、リフォーム会社はリフォーム会社、新築業者は新築業者と役割が決まっていました
ですので、不動産屋は物件の受け渡しのみで、建築についての知識などはなかった。
ガス管の施工や排水設備など専門的な分野になれば尚更のことです」

嶋津「餅屋は餅屋、お互いの仕事に対して共有している情報が少ない、ということですか?」

美馬「はい。
ですから、不動産屋はお客さんに物件を売ればそれで役割を終えてしまいます。
新築の場合は良いですが、中古住宅をリフォームする場合にはお客さんへの負担が大きい

嶋津「中古住宅購入リフォームはお客さんへの負担が大きい?」



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美馬「ええ。
あくまでも不動産は物件の受け渡しまで。
最近ではリフォーム会社を紹介してくれるところも増えましたが、それは購入後のこと。
見積などはお客さんの手に渡ってからになりますから当初の予算と合わない、ということが往々にして起こります」

嶋津「物件を買ったは良いけど、リフォームの段階でお金が足りなくなるってことですか?
それは怖いですね!」


美馬「お客さんのことを思うと、やりきれない気持ちになります。
新婚夫婦が中古建築を買って、夢いっぱいのリノベーション設計を立てていたのに費用が合わずに奥様がひどく落ち込んでしまう。
そんな場面をよく目にしました」

嶋津「大幅な改装にお金が回らないってことですよね」

美馬「中古リノベを選択される方は手持ちの資金が少ない若いご夫婦が多い。
物件は購入したものの、リノベーションにかかる費用が想像以上にかかる場合があります。
本人たちは床下や屋根裏までは見ないですからね。
土台が悪い物件だと根本から変える必要がある。
リフォームローンもありますが、期間が短い上に金利も高い。
そして費用がかかるのは家の改装だけではない
カーテンも要れば、エアコンに照明も要る。
家具、家電、引っ越し、と様々なお金が要る。

結局、キッチンのリノベーションまでお金を工面できず、古いままのキッチンを眺めて奥様がブルーになっている、というケースも」

嶋津「想像するだけでゾッとします」

美馬「新居ってある意味幸せの象徴ですよね。
幸せな気分で選んだ家に縛られて、生活が回らなくなるのは本末転倒だと思うんです。
僕はね、そういう困った人をたくさん見てきました。
そういったお客さんを救いたいという気持ちがありました」

嶋津「それは確かに心苦しい」



リノベーション・・・古い部分の補修や内外装の変更程度にとどまるリフォームに対し、増築・改築や建物の用途変更など、資産価値を高めるための大規模な改造をさす。





「買う前に僕を連れて行ってください」

美馬「物件を購入する前に僕を連れて行ってくれ!って頼むんですけどね」

嶋津「僕を連れて行ってくれって言うんですか?www」

美馬「はいww
以前は口癖のように言ってました。
床下、屋根裏も見て、直す必要のある個所、また直せる直せないの問題もありますからアドバイスしたい。
でも皆さんもまさか自分たちにそのようなことが起こるとは思っていないですから。
あとで後悔するケースが多い。
先に僕に相談してくれていればぁぁぁ~(頭を抱える)ってことが結構あるんです」

嶋津「本当、良い人ですねwww」

美馬「新居の購入は一生の思い出ですからね。
やっぱり笑顔で住んでもらいたいです

嶋津「ジーン(感動)」

美馬「不動産業をできるようになって、その辺りのジレンマを解決できました」





「問題は業界内での縦のラインのコミュニケーションが足りないということです」

美馬「家を買うっていうのはほとんどの場合一生に一度
初めて購入するというお客さんの方が多いです。
何も分からないのが普通です」

嶋津「確かに、建築に対する専門知識を持っていないのが一般的ですもんね」

美馬「お客さんだけでなく、建築を提供するこちら側もです。
業界内では縦のラインでのコミュニケーションが足りない。
不動産はリフォーム(リノベーション)のことを、リフォーム会社が物件のことや、より専門的な知識を技術と費用の両面から学ばなければいけません



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美馬「現段階での日本の仕組みに問題があります。
その部分だけで言うとアメリカに10年遅れていますね。
国としては大きくワンストップサービスへの動きへと推進はしていますが、まだ形になっていないのが現状です。

嶋津「ワンストップサービス?」



ワンストップサービス・・・ひとつの場所でさまざまなサービスが受けられる環境、場所のこと。



美馬「つまり、中古住宅の販売から建築のリフォーム、リノベーションまで安心安全で提供できるサービスです

嶋津「それは便利ですね!」

美馬「アメリカやヨーロッパでは主流の方法です。
向こうではほとんどが中古住宅の販売なので仕組みが整っているんです。
実際に僕もアメリカに行って現場の状況を学びに行きました」

嶋津「欧米では進んでいるんですね。
日本ではあまり聞かないですよね?」


美馬「最近では中古物件の販売も盛んになってきていますが、日本ではまだまだ新築の物件を購入するのが主流です。
ただ、今後の時代の流れではワンストップサービスに切替わっていくのは必然的です」

嶋津「国はワンストップサービスを推進しているけれど、まだ仕組みが整っていないのですね」

美馬「本当に自社でワンストップサービスの仕組みが出来ている企業は日本国内でも数は少ないですが、八尾エリアではMIMAが唯一ですね」

嶋津「お客さんの立場から言うとそれはありがたいですね!」



《モデルルームの資料を見せてくれる美馬社長》
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美馬「MIMAに相談して頂くと、まずは自分に本当に合った住まいの探し方、購入の仕方のセミナーを受けて頂きます。
ここで住宅ローンから、税金のこと、物件の探し方、その他の気になる費用のこと、メリットデメリットを知ってもらいます」

嶋津「基礎知識を共有できるんですね。
それは安心です!」


美馬「お客さんには住宅としてだけでなく、資産家としての視点で物件を見て頂きたい
そんな気持ちもあるんです。
住むための家ですが、いずれは売っても構わない。
そのために必要な知識や情報は持っておいた方が人生の選択肢は広がります

嶋津「なるほど」





話を聞いていて次第に腑に落ちてきました。
美馬さんが仕事の幅を広げてきた理由。
下請けから、元請けへ。
元請けから、ワンストップサービスへ。


その原動力はお客さんの笑顔

悲しい思いはさせたくない。
一人でも多くの人を笑顔にしたい。
美馬さんの明るさの理由。
暗闇を照らす光。
つまりは太陽のような人なんです。




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「人の喜ぶ顔が原動力」

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今までのことを聞いて、共通するのは「人を喜ばせる」というテーマではないでしょうか。
僕なりに感じた美馬さんの理念
強い意志の源には、その想いがあるような気がします。

ここでは、その辺りの要素を踏まえながら社員教育について聞いてみました。



人を育てること。

嶋津「お話を伺っていて、美馬社長は人に対する期待と言いますか、人間性の重要性に対する優先順位が最も高いということが強く感じます。
その辺りを踏まえて、社員教育の中で意識されていることはありますでしょうか?」


美馬「もちろん、人は大切です。
企業のイメージは人だと僕は思っています。
相手のことを考え、喜ばせる力を伸ばして欲しいですね」

嶋津「相手のことを考え、喜ばせる力」

美馬「はい。
そのためにはコミュニケーション能力が必要となります。
MIMAでは月に一度全体会議として勉強会を開きます。
こちらは真面目に理念について語ったり、知識や技術を深めることを目的としているのですが。
年に三回は皆で遊ぶことを決めています」

嶋津「遊ぶ、と言いますとレクリエーションですか?」

美馬「はい。
何でもOKです。
例えばバーベキュー大会やバレー大会など。
企画や準備などは全て社員に任せています。
5、6名の部を作って各部で企画の考案を回します」

嶋津「楽しそうですね!
わぉ、社員さんに企画を任せているのですか」


美馬「楽しいですよ!www
そうなんです。
勉強会の主題を決めるのは皆苦労するのですが、遊びの企画はすぐに決まりますwww
企画させる意図はですね、『皆がどうすれば皆が楽しめるか?』を考える練習。
つまり、自分たちで工夫して相手を喜ばせること

嶋津「なるほど!
MIMAでは相手を喜ばせる訓練をする土壌が整っているのですね」


美馬「皆、違う部の企画よりも面白くしたいと切磋琢磨しますからねwww
相乗効果が起こります。
他にも飲みにケーションを推進させています。
皆で飲みに行き、話し合え、と。
そのために各部に予算を下ろしていますからねww」

嶋津「それはすごい!
いつ頃から行われているのですか?」


美馬「数年前ですね。
最初は給料日に皆で食事に行っていたんです。
4人ほどでしたのでそれでお互いに十分話し合うことができました。
それが10人を超え、15人になると、飲み会をしても一人一人十分に話をすることができない。
忘年会だと、社員23名の他、職人が30~40名で60名近くになりますからもはや目が届かない」

嶋津「それで部を作ったんですか?」

美馬「そうです。
一つの部が5、6名だと一度の飲み会でお互いに十分なコミュニケーションがとれますから。
飲み会をする時、たまに僕を誘ってくれたら良いww」

嶋津「それほどコミュニケーションは大切だと?」

美馬「それはもう大切も、大切。
相手が今何を考えているか。
しっかりと耳を傾け、不安や悩みがあれば積極的に聞く。
そして楽しいことを皆で考える」

嶋津「なるほど。
お客さんとのコミュニケーションの前に、社内でのコミュニケーションを充実させているのですね」






お話を聞かせて頂いて、株式会社MIMAの人気の秘密が少しだけ分かったような気がします。
技術や知識を深めることはもちろんのこと、人としての明るさ。
つまりは相手を喜ばせる力を日々鍛えている。
美馬社長だけではなく、社員一人一人が自らを燃料とし、暗闇を照らす黄色い炎になる。
それはかがり火となり、相手の心を灯し、さらなる大きな光となる。



美馬「人はやっぱり明るさですよ。
虫も、お金も、人も明るいところに集まってきますからwww




そう言って豪快に笑った美馬さんを見ているとこちらまで楽しくなりました。



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今回はここまで。
《~黄色い情熱に燃える社長~美馬さんと話してみた》
次回はラスト。
「業界トップ訪問」のお話を紹介します。

こうご期待!





最後まで読んでくださった方へのおまけ

美馬功之介社長がプライマルラジオに出演して下さった時の音源です。
おもしろいですよー♪







《株式会社MIMAの人気の理由vol.3》



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